114話 大海に浮かぶ
114話目投稿します。
陽の光も遮る暗闇、大海に浮かび上がる過去の遺物。
これは偶然か?必然か?
私の問いに何か思いついたのか、はたまた新しい調査か、ロニーは書庫へと走り去る。
「なぁ、さっきロニーさんに聞いてたのって。」
カイルとシロには私がこの世界に戻った方法も話した。
『うん。私の中でもはっきりしないんだけどシロの話聞いて何と無く、ね。』
「フィル。ヌシの予測が当たっておるなら…」
気を緩める事はないものの、シロの表情にはどことなく落ち着きのないような物も見受けられる。
シロと少女の主従契約はシロが闇に呑まれる島国から脱出した際にその大地と共に消滅した。
本人もそれが意味する事を理解はしている。
しかし、この世界の理は、この世界でのみ適用されるのであれば、呑まれたこの世界の一部が異界へと飛ばされたなら…。
「フィル。そして小僧…いや、カイルよ。」
畏まった声色でシロは口を開いた。
「もし、この先、遠い過去に見たあの闇が現れるような事があるのなら、わしは未だこの心に残っている感情を抑える事が出来ぬやもしれん。」
切欠は気まぐれでも、シロが少女と過ごした決して長くはない時間はそれでも彼の心に大きく残っている。
『馬鹿ね…止められるわけないじゃない。』
触れた小さい体は、周囲への警戒もあり僅かに帯電していて、私の手に僅かな痛みを与えるが、そんな事に躊躇などない。
抱きかかえ、胸に引き寄せる。
「…恩に着る。」
「ってか水臭いっての。」
私の胸に抱かれたその頭を撫でるカイル。
「まぁそうなったら俺もついてってやるさ。」
『アンタだけだと心配だから、当然私も、ね。』
私たちの返事に慌てるように、
「いや、付いてこいとは言っておらんのじゃが…」
と言うものの、こちらの様子を見て小さく笑った。
「…いや、付き合わせてすまんな。」
ふと疑問に思った事、それは、シロの話はこの先に起こる事を知っているかのような言い振り。
『シロ、その話をするって事は…』
「以前…と言っても随分昔の話にはなるが、わしはここに来た事があるんじゃよ。」
つまり、起こる可能性があるという事だ。
『パーシィ、リアンさん。』
不測の事態、その可能性があるなら、ロニーも含めて伝えておく事。
少しだけ船を止め、2人を伴って船内に移動する。
内緒話をするよう、小声で伝える。
『もし、私やカイルが皆と離れ離れになってしまったら…ガラティア様を巻き込むのだけは避けたい。あの方を連れて港に戻ってほしいの。』
これで聞こえていたとしたら、もう後は仕方ないと割り切るとして…。
『細かい判断は任せるけど…あと、これだけは守ってほしい。』
そして何よりも大事にしてほしいのは…。
『生きる事。』
何も言い返すことなく頷いてくれた2人には感謝するしかない。
「わかりました。」
とリアンは相変わらず礼儀正しく頭を下げ、
「王都に戻ったらいっぱい話ができそう。」
とパーシィは嬉しそうに言う。
船が進むのは徐々に色濃くなっていく闇の海原。
そして訪れたのは…。
「やはり出るか…」
見上げる空には間違いなく太陽が見えるのだが、船の周囲は夜より深い闇色に包まれ、その温もりすら遮り肌寒い空気すら感じてしまう。
『…解るからこその空気ね…』
普通の人ならただの海原であるはずの光景は、私たちの目には鎌首をもたげて口を開く魔獣のようだ。
少し先の海面に、明らかに視えるソレ。
人一人程度であれば軽く覆える程の球体。
「フィル!、船が止まった!」
背後、叫ぶパーシィに気を取られた瞬間、船が大きく揺れる。
『っく!』
態勢を保てず、膝をつく。
この揺れは…
「地震か?!船の上だぞ!」
海を震わせる程の振動、叫んだガラティアの様子を見れば、今までに彼女が体験した事もない程に珍しいのが解る。
『今のって…』
この感覚は、久しぶり過ぎて忘れかけていた。
この地にも在るというのか…。
『溶岩の中って言うのも相当だったけど、さ…』
耳聡く私の言葉を聞き取ったカイルが、膝をついたままの私に肩を貸すようにしゃがみ込む。
「遺跡ってやつか?」
『多分。』
水の中に潜る方法…溶岩の中に突っ込むよりは幾分簡単かもしれないが…。
『こんな時に見つからなくていいんだけどなぁ…。』
船の前で不気味に蠢く黒い球体、こちらの方が今は重要ではなかろうか?
と目を向けると同時に再度の振動。
『いや…ちょっと待って…』
嫌な予感どころではない。
黒い球体の動きと、船を揺らす振動は、最悪な事に一致している。
ザパァァァアアン!
と後ろから聞こえた音。
甲板から姿を消したのは…
『ガラ!!』
「落ちたのか?」
「違うよ!、ガラティア様は自分から飛び込んだよ!」
見ていたパーシィが私とカイルに向かって叫ぶ。
即座に音が聞こえた辺りの縁に駆け寄り海面に視線を落とす。
「どうする?!」
ほぼ同時に船の縁にしがみついたカイル。
流石にこの状況下なら誰でも焦るというものだ。
『待って!、多分…』
しばしの様子見の後、海面にブクブクと気泡が現れ、
「プハッ!」
と息を吐きながら頭を出したガラティアの姿を捉える。
すかさず投げられたロープに掴まり船上に戻ったガラティアは至って真面目な顔で口を開いた。
「アレはもっと深いとこにあるみたいだ。」
眼前の球体を指さして告げた。
海面から視えるのは極一部で、船が動かないのは互いの魔力の反発のようにも見えたと言う。
『パーシィ、今更だけどこの船って…何ていうか、魔力の盾みたいなのあるの?』
突然の問いかけに少し思い出すように、
「詳しくは分からないけど…船体に刻印みたいなのを刻んでたのは見たよ!」
それか。と納得する。
『パーシィ、船は止めても大丈夫よ。』
無理に進めば船が壊れかねない。
『シロ。力を貸して。』
あの中に行かなきゃいけない。
「望むところじゃよ。」
快諾を得て、その小さな体を抱え上げる。
『皆聞いて。私はあの中に行かなきゃいけない。』
火山の噴火を鎮めたような事を、今度はこの海の上でやらなきゃいけない。
「アタシも!」
連れてけ、と言いかけたガラティアに首を振る。
『ううん。ガラ…いえ、ガラティア=ヴェストロード様。貴女には別のお願いがあります。貴女で無ければ難しい事です。』
遮られ返された言葉に反論は無い。
彼女には急ぎヴェスタリスに戻り、余波の対策を執ってもらわなければならない。
「…分かった…確かに承った。だが…必ず無事に戻ってくれ。」
『当然です。私も、貴女とカイルの組手、ちょっと興味ありますからね?』
付け足した返事に笑ってくれた。
「フィル…」
心配そうな顔のパーシィ。頬に手を伸ばすと、重ねるように自分の手をあてる。
『大丈夫だよ。ガラをお願いね。リアンさんも。』
パーシィの横に立つリアンも心配顔は同じで、けれどもやはり礼儀正しく頭を下げる。
「どうかご無事に…皆さんに何かあれば、私は大手を振るってお屋敷に戻れません。」
『必ず。』
船首に立つ私の隣、カイルが呟く。
「フィル。まさかとは思うけど…」
『宜しく頼むわね、カイル。アンタ、シロの今の主のでしょ?』
こちらも遮るように返す。
一瞬の驚きの後、いつもの笑顔で、その口癖を吐く。
「あぁ、任せろ!」
『シロ、お願い。』
ウム、と短く返したシロの角が淡く光る。
まるで夜闇を漕ぐ船の路を照らす灯台のように。
己と、私とカイルを包み込んだ光が拡がり、体を中に浮かせた。
ゆっくりと動き出す光の球は、その何倍もあろう黒い球目掛けて海上を駆けた。
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眠りから目覚めた怨嗟の渦。
永く過ごした時の清算を成す。
次回もお楽しみに!