113話 姿無き主
113話目投稿します。
西海に眠る亡国の怨嗟を前に一つ残された命。
託された希望は未来への道か、絶望を振りまく種か
『そう捉えると…成程ね…』
これまでの旅の中で私が遭遇した影との邂逅、今、肌にヒリ付くような感覚は、その時の感覚そのものだ。
「怨嗟、怨念は時に生者にその腕を伸ばす事もある。ヌシらも無理せぬように気を引き締めよ。」
「域」とシロが呼んだ海域に入ってからこっち、何と無く人の気配に近いモノを感じるのも確かだ。
「稀にこの海域に入った漁師が戻らないのもコレなのか?」
苦虫を噛むような表情でシロに問うガラティア。
「もしかすると、と言った所じゃな。その漁師がヌシらに近い素養を持っていたとすれば或いは。」
この場にイヴが居たとしたら…と少女を知る故の考えが過る。
「やめておいた方がよいのぅ。アレに喰いきれる規模ではないじゃろう。」
考えを読んだように呟く。加え、
「連れるとするなら聖職者じゃ。怨嗟ならば払えぬモノでもあるまいよ…相当な負担になるじゃろうがな。」
シロと共に過ごした少女は、素養を持ち、尚且つ聖女とまでは知れ渡った者だと先程のシロの独白で言われていた。
その素質ある聖女であっても抑えきれなかったというのだから、必要となる力は計り知れない。
一つの国を滅ぼす程の怨念など、それこそ「神の奇跡」などという御伽噺の出来事でもない限りは解決できそうな方法など無いのではなかろうか?
少なくとも私の親しい知人にそれ程までの力を持つ者は思い当たらない。
聖職者、という意味での知り合いは居ても彼女はどちらかと言えば肉体派…まさに目の前のガラティアに近い印象だ。いずれ共に食卓でも囲めば意気投合するのは間違いなさそうな気がする。
「とりあえず進むよー?」
後ろ。舵を取るパーシィからの声。
『お願い!、出来る限りでいい。慎重にね!』
進む船、だが、足元から僅かに感じる慣性は、船の足力以外に、何かに引き寄せられているような気がしてならない。
「小僧、気を緩めるでないぞ。この海域を出るまで決してじゃ。」
「あぁ。解ってる!」
流石に剣を抜くまでとは行かないが、シロもカイルもしっかりと戦いの顔をしている。
同様にガラティアも、今までに見たことが無い程の鋭い目で船の向かう先を見つめている。
「不思議な光景だね。」
この船に於いては、パーシィの次に「戦闘」といった事柄に遠いロニーが周囲に漂う薄い影を観察している。
『どういう事?』
「うん。私はあくまで学術に携わる者で、史実や歴史を専攻してはいるけどそれは論理的に紐解いて行く事を自分の指針としているからだ。」
これはロニーの思考に於ける前提条件とも言える内容だ。
踏まえた上での観察と分析。
曰く、シロが語る事実を疑いはしないが、それが影、つまりは闇魔法に類する事象ならば、この光景は珍しいと言う事だ。
『闇魔法…』
そういえば、あちらの世界でもその研究が成されていたし、私が戻る要因となったのも同じ類のモノだったと思い出す。
あの世界が今より先の未来だと言うグリムの言葉を信じるなら、今より多い知識や技術で以て、尚且つあの巨大な装置でも留めておく事は困難だったと。
『霧散しないのが可怪しい?』
「そう。闇魔法ってのは使い手が少ないのは勿論なんだけど、そもそもの研究課題として携わる者が少ない理由は、他よりも維持する事が難しいからなんだよ。」
スイッと手に持つ本を風魔法で浮かせる。
「風を生み出し物に触れず動かす。薪が無くとも火を焚べて熱を発する。水を流し船を進ませる。雷雲を呼び寄せ落ちる閃光は汎ゆるモノを穿つ槍だ。」
漂う靄を指差す。
「なら闇魔法とは?」
演説染みてきたロニーの考察は、闇魔法が齎す効果を問う。
「答えは、喰い尽くす事じゃ。」
単純に述べたのはシロ。
「そう。闇魔法の根源は少なくとも今の私が知る限りだと「発した位置を喰らい尽くす」もっとわかり易く、シロちゃんが見たことも踏まえるならば「消滅」させるという魔法なのさ。」
実際にシロが少女と共に過ごしていた国は巨大な闇魔法によって消滅している。
「けどね、ここには闇魔法の使い手が存在する訳でもない。さらには、消滅の境界線も曖昧。自然に揺蕩うこの光景はまさに不思議そのものだよ。」
次第に高揚していく声色は、あちらの世界で闇魔法の研究に携わっていた人たちと近い気がして、胸の奥が少しだけチクリと痛む。
だが、今は彼女の思考と考察はとても重要なモノと感じる。
『消滅…ねぇ、ロニーさん。』
「なんだい?」観察を続けながら返事をするロニーに、一つの可能性を問いかける。
『例えばなんだけど、闇魔法に呑まれたモノは消滅しているわけじゃない、ってのはどう?』
私は、闇…影に包まれる事は経験している。
挙げ句、私がこの世界に戻って来た方法は、まさに闇魔法の中に飛び込んだ事に他ならない。
「ふむ…それは、どういう事かな?」
『突拍子も無いとは思うんだけど…うーん、別の場所に飛んだ、とか?』
「消えた、ではなく、見えなくなった…別の場所に…ふむふむ…」
少し考えさせて、と頭を回す様子。
『思ってたより厄介な旅になっちゃったかも…』
どうやら想像以上に安請け合いとなってしまったが、これもまた世界の謎に挑む冒険になった事は間違いない。
そして、冒険に不測の事態は付き物だ、というのも知っている。
「気ぃ抜くなって。」
『警戒はアンタの仕事。違う?』
反論されて言い返せないカイル。
しっかりと周囲の警戒を怠らぬ彼の存在が私や皆の支えとなっているのだ。
口にはしないが。
徐々に色濃く視界を染めていく黒い靄。
素養が無ければただの凪いだ海のはずだが、私たちには余りにも重すぎる事実を知る事となってしまった。
カイル以上に色濃く警戒を強めるシロ。
その姿は余りにも…
『悲しそうだよ…』
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過去の事実を知る事となった一行。
踏み込む事を拒む怨嗟の問いかけに何を示すか?
次回もお楽しみに!