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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第五章 大海に眠る
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112話 命の楔

112話目投稿します。


広がる海は波の音と、遠く水平線の景色、

そして、人知及ばぬ過去の事実を運ぶ。

何も無い。

未開の海域で尚且つ存在を記された書物を探すのですら骨が折れる程の情報。

それを頼りに船が向かう先はただただ広がる海。

途中、遠海漁に出ていた船に遭遇したが、漁師から聞く話にしても、ガラティアが知る範囲の情報を超える事は無い。

「ヴェスタリスの漁師も遠出して漁をすることはあるが、西側の遠海で極端に漁獲量が落ちる海域がある。」

恐らく漁師の寄り付かないその海域こそが私たちの目的地。

とはいえ、眼前に広がる海は、遠くに水平線を臨むだけですでに何も無い。まぁ当たり前なのだが。


『網で漁してるわけでもないし、気付くのは難しいかも。』

感覚を頼りにしたところで水の中が見えるはずもなく、カイルを真似て釣りをしても同様だ。

ガラティアのように素潜りで調べるにしても限度がある。

残る方法としては、海図を眺めて大凡の位置を探るか、知っている者に聞くか…何れにせよ曖昧である事に変わりはない。


「…間もなく域に入るぞ。」

再会しての数日、カイルの修行を眺めるか、食事をしているか、寝ているかのいずれかだったシロ。

いつも通りなら私の自室を寝床にして眠っているはずだが、今日は違っていた。


船が一瞬波の揺れとは違う振動を捉えた。

『…ん!?』

「何だ…」

「…ぐっ?」

「船、は…何も問題ないわ。」

伝声管からの声も響く。

「リアンです、今何かありましたか?」

「着いたって事かな。」

ロニーの声も続く。


しばらくの後、全員が甲板に集まる。

『シロ、さっき言ってたの、何なの?』

「ふむ。みなも感じたようじゃな?」

全員の顔を見て頷く様子を確認し話を続ける。

「域」と呼んだこの海域。

武や知、魔力に長けている者であれば異質な空気感が分るらしく、その点で言えばカイルやガラティアは勿論、リアンやロニー、パーシィも感じられた所に仲間の優秀さが分る。

「ヌシらに触れた圧の正体は、怨嗟のようなものじゃ。」

シロが語るのは、以前アインと共に交わした内容で、シロが知る限りの詳細な事柄。

島国であった地の中、国を大きく2つに分けたのはいずれも外の世界に目を向けているのは同じだったが、武力を用いるか、対話や和平を、といういわゆる強硬派と穏健派で割れた。

更には互いが重んじる信仰心、間の悪い疫病などありとあらゆる不運が重なり、内戦にまで発展する事となる。


「当時としては他国に比べれば高かった文化も滅亡の後押しになってしまったようじゃ。」

『思っていたより詳しいのね?』

ふふっ、と笑い「中々どうして鋭くなったのぅ」と言うシロの目は何処かで似たような物を見た事があった気もする。

「ただの気まぐれじゃったよ。」

本人としてはまだ若かったとは言うが、何れにせよ私たちに比べればその年齢などは知る由もない。

国の中心となる都市から離れた小さな村。

襲いかかる野獣から、言葉通りただの気まぐれで助けた少女。

命の恩人となったシロは、しばしの間、少女と過ごす事となり、やがて育った少女は信仰の道を進む事となった。

成長を遂げた少女は、その信仰心が認められ、図らずも国の中央へと昇る事となった。

やがて吹き荒れる不穏な空気は、少女から聖女と呼ばれるまでに育った彼女を悩ませる事となる。

国中が戦火に包まれていくその空気をシロはまさに己の肌でそれを感じていた。


『シロ…あなたまさか…』

「うむ。じゃが彼女は最期の時までわしの事を「力」として見ることはなかった。」

残念なことにシロの主である加護は止める術も無かったようで、図らずもその加護こそが彼女の生涯を決めたと言っても過言ではないのだろう。

「主」という言葉に反応したカイルの目を、少しの間じっくりと見つめるシロ。

「コヤツなら…まぁ大丈夫じゃろうて。」

フンッと軽く笑い、話を戻すかとも思われたが、小脇から「グウゥゥウ…」と大きく鳴る音が緊張を割る。

「あぅ…す、すいません…」

恥ずかしそうに謝るのはパーシィだ。

話を聞きながらも舵を取っている彼女からすれば仕方ない事だ。

『リアンさん、手伝うので昼食にしましょう。』

「わかりました。急いで用意しますね、パーシィさん。」

『シロ、ひとまずお昼ね。』

「うむ。」

とりあえずの話の場を止めて、一息入れる事となった。

重たい空気は、この海域から感じるモノだけでなく…

『思ってたのより重いな…』

シロが直に目にした記憶は、私が思っていた以上に重く、辛いものだったのだ。




『聖女って何だったの?』

「元はわしの加護の一旦じゃよ。」

話の途中も相まって今日の昼食は全員集まる形で甲板に用意する事となった。

「残念なことに滅亡の原因の一つとも言い切れんのじゃがな…」

魔法の素養があった少女は、シロの加護も相まって大きく育つ事となったわけだが、決してその力を誇示する事もなく、慈愛に満ちた生涯だったという。

「以前、ヌシには少し話したが…」

島国の滅亡の原因。

膨れ上がった影が言葉通りにこの海域毎呑み込んだと言っていたはずだ。

戦火に国中が呑み込まれていく中、聖女となった少女は目の前に刃を突きつけられようが、魔女と貶められようが、その意志を揺るがす事は無かった。

その素養でイヴとは違う形で影を払い、人々に希望の光を灯し続けていた。

それでも彼女一人の力、慈愛の心で国を救うには遅かった。

シロからすれば短い年月だとしても、もし、国が二分される前に少女が育っていたならまた別の未来があったのかもしれない。

「人の心に宿り、積り、膨らんだ闇。あろう事か、ソレが暴走を始めたその場所に彼女も居たのじゃよ。」

その力を以てしても抑えきれなかった胎動は、そこに救いを求めていた者達にも伝染し、止め処無く膨れ上がり、彼女一人の力では手の打ちようが無かった。

「それでもあの子は、わしの手を、力を借りようとはせず、ただ「ごめん」と言ったんじゃよ…」

従者である以上、魂に刻まれた主の命には逆らえず、シロは島国からの脱出を余儀なくされた。

空を駆けるシロの背後から、まるで自分を追いかけるように迫る影が地表を蝕み呑み込んでいく光景は未だに忘れられぬ恐怖の一つ。

同時に、シロの中で棘を抜かれるような感覚を感じ、それはつまり、たまたま気まぐれで命を救った少女の、その命が消えた事を意味していた。


「そうして、影から何とか逃げ果せたわしは、まさに目の前であの国が消え去るのを見た、というわけじゃよ。」

シロの独白が終わりを告げ、私たちは各々に掛ける言葉を探すが、何も無い。

私には彼の生きていた年月も、見てきたその記憶も、分からないのだ。


「そして…この圧こそ蝕まれた人の怨嗟、闇に呑まれた空間なのじゃよ。」

感想、要望、質問なんでも感謝します!


歴史の語り部から知らされるこの地の怨嗟。

一行に何を求めるのか?


次回もお楽しみに!

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