107話 助け船
107話目投稿します。
思慮は感覚を鈍らせ、厄介事を招く。
誰もが見知らぬ素振りをする中で差し込まれた一蹴の元。
それもまた厄介事だ。
翌朝、宿での朝食を済ませて早々にパーシィは宿を飛び出し、船へと走っていった。
昨日の賭け腕相撲にカイルを参加させるべく連れて来るつもりのようだ。
船の留守番もある、とリアンも同行し、役割交代する流れとなった。
「リアンさーん!早くはやくー!」
楽しみ、というのは勿論あるだろうが、リアンを急かす様子を見る限り、彼女の懐事情は余っ程なのだろう。
挨拶と補充を済ませれば出発と予定していたものの、情報収集の点に於いての協力が得られたため、その成果が報告されるまでは結果的に足止めとなってしまう。
『まぁ…急ぎの旅でもないしね。後で私も一度船に戻ろう。』
朝食後に用意された茶を楽しみながらゆるりとした朝を過ごす。
食堂を兼ねた宿のロビーに眠そうな顔、手には相変わらず書籍を持ち、ロニーが姿を見せた。
「ふぁ、ふ…おはよー、フィル。」
『おはよ、相変わらずねぇ?』
彼女の手に収まる本を指差す。
「知識から離れた私は私でなくなってしまうよ。」
ハハッと笑う。
書物から齎される彼女の知識は、私たちにとって未知であり、道であり、倫だ。
所謂一般常識とされる点に於いては頼り甲斐に欠けたとしても、思いもよらぬ思考は見ているだけでも飽きない。
職場である研究所を離れ、旅仲間として増えた共有の時は、彼女の新たな一面を多く魅せてくれる。
無論、彼女だけでなく、初めての旅となるパーシィ、
『でも程々にね。』
「程々にしてるから朝は苦手なんだよー。」
『だろうねぇ。』
『多分パーシィがカイルを連れて戻って来ると思うんだけど、ロニーさんは今日どうするの?』
「昨日はそこそこ稼げたからねぇ?。案内ついでに2人を待つことにするよ。フィルは?」
どうやら昨日の成果は上々だったようだ。
宿に向かう途中で見つけた賭博場、パーシィにとってもロニーの勝利は糧となるだろうが、今日も同様である事を祈る。
2人揃って素寒貧な状況になれば慰めるこちらの負担と苦労は考えたくはない。
『私は少し散策してくるよ。』
『んー…どちらにせよ一度船に戻るか…』
普段のカイルに倣って、というわけでもないが、こうした空き時間に武具の手入れをしてみよう、と思い立ったのだが、普段から身に着けているわけでもないので船の自室に向かう必要がある。
『いっそカイルに押し付けるか…』
と口にしたものの…
女性物の装備品を鍛冶屋に持ち込ませるのもカイルに悪い気がする、と同時に有事に身に着ける衣服を含めた物をカイルに持たせるというのも…何と無く…。
『自分で行こう。』
彼とそういった関係であったとしても、普段から女性扱いされているかどうかはいまいち分からない。
父と母…はまぁ普段からそれなりに…というか、故郷に居た頃は、互いが出掛ける際に毎回夫婦のやり取りというのを見せられていたのを思い出した。
叔父と叔母はどうだろう?
流石に父と母のような行為は見たことはないが、出掛ける際の見送りなどは欠かす事もなかったはずだ。
家族同様に世話してくれているとは言えど、やはり場をわきまえた程度にしているような感じだろうか?
キュリオシティでの彼の言葉は憶えているし、ずっと忘れる事はない。
が、日常的に彼の想いに…私は応えれているだろうか?
『いやいや…そりゃ皆も居るんだから…っ!!』
武具の整備の事柄から変な方向に流れた思考は、安易に私の頬に熱を持たせる。
『…でも、夫婦ってどんなだろう…いやいや、だからぁ!』
唐突に口から漏れる言葉は、すれ違う人から怪訝そうな表情を出させるのには余りに容易だ。
『あーーっ!もうっ!!』
思考を散らせるように、足を速め、町並みを駆け抜けた。
到着した船にはすでにカイルとパーシィの姿はなく、入れ違いになったようだ。
自室に向かう際に顔を合わせたリアンから
「フィルさん?少し顔が赤いようですが…大丈夫ですか?」
などと言われる始末。
問題ない、と装備の手入れを伝え自室に向かう。
シロが寝ているかとも思ったが、この時としては遭遇しなかった事に安堵する。
手早く纏めた武具一式を手に足早に船を後にする。
出発の際にリアンが鍛冶屋の場所を教えてくれた。
『行ってきます!』
と大きく手を振って返し、再び町へと駆け出す。
鍛冶屋の位置は、昨日の人集りを見かけた広場に面したところに在るらしく、もしかしたら一度宿に戻った2人とロニーを含めた3人が居るかもしれないな、と辺りをキョロキョロと伺いながら町を歩く。
ドンッ!
『あっ…』
周囲に気を取られ過ぎた。
余計な思考のお蔭で足を探る感覚が薄れていたようだ。
『いたた…』
ぶつかって尻餅をついた腰を払いつつ立ち上がる。
『ごめんなさい、ちょっと余所見してて…』
見上げた視界には…
昨日輪の中心で競い合っていたような人たちに類するイカツイ姿。
「いってぇな!どこみてんだあ?あぁ?」
『あー…』
ぶつかった相手が悪かったようだ…。
「こりゃあ骨でも折れてるかもなぁ?え?お嬢ちゃん、どうしてくれんだぁ?」
頗る無傷そうなイカツイ顔は、大袈裟な身振り手振りと不機嫌顔で私を捲し立てた。
あぁ…これが所謂荒くれ者という類か、と冷静に考えるが、さて、どうしたものか…。
『すいません…』
まぁ、町の印象でこういった連中も居るだろうな、とは思っていたが…。
当然周囲からの助け舟は無く、私が余所見していたのは間違っちゃいないのだ。
ドーン!
どうしたものか、と困って見上げた私の視界から荒くれ者の姿が消えた。
ズシャァ!と聞こえた音の出元に目をやると、荒くれ者が倒れ、その体かピクピクと動いている。
「良い年した大人が、女の子虐めてんじゃあないよ!」
荒くれ者の変わりに私の視界に入ってきたのは、健康的で、豪快で、若干呆れ顔の女性。
上がったままの片足を見る限り、荒くれ者の背中を蹴り飛ばしたようだ。
「こ、このヤロウ!」
野郎ではないが、まぁこれもお約束か。
「野郎ではないな。それに元気そうじゃないか。いいぜ?掛かってきなよ?」
同じ感想を吐き、改め啖呵を切る女性。
知人の印象で言えばエル姉に近しいものを感じる。
「面倒事は簡単に終わらせようぜ?なぁ?」
『えぇぇ…っと…どうしよ…』
あっという間に荒くれ者の標的はこの女性へと移ったようだが、両者に挟まれどうしたものか…。
遠巻きに伺っていた周辺の住民は、自然と輪を作り、次第に「いいぞいいぞ!」「やれやれ!」などと無責任な歓声が上がる。
大事になりつつある輪の中心、当事者から立会人にすげ変わってしまった私は動けず。
『ど、どうしよ…』
「おっさんに100だ!」
「ネェちゃん、やっちまえよ!300だ!」
金まで飛び交う始末。
『いやいや、賭けとかじゃないし!』
すでに止められないような空気が輪の中で生まれている。
「アッハッハ!いいよ、アンタも本気で来なよ?」
私の腕の3倍はあろうかというくらいの腕を回しながら荒くれ者は叫ぶ。
「いい度胸だ、このヤロウ!」
『「だから、ヤロウじゃないって」』
同じ台詞に驚き交わる視線。
拳を構える女性は私の顔を見て、楽しそうに笑っていた。
その笑みは、どこかで見かけた事があるような…ないような…?はて?
感想、要望、質問なんでも感謝します!
助け舟は頑丈で屈強。
そして謎でもある。
次回もお楽しみに!