106話 休息の港宿
106話目投稿します。
領主との会談、次なる船旅の準備と、一時の休息。
些末なじゃれ合いもまた心の休養。
『痛たた…』
手が砕けるかと思った。
何と言う怪り…腕力か。
本人とすれば、応接室の扉を開けた事も、私と交わす握手も決して力を込めた訳では無いのだ。
「済まなかった…つい、その嬉しくてな。」
申し訳無さそうに詫びる姿は以前見た妖艶な領主の姿とかけ離れ過ぎて、不満よりも疑惑の色が濃い。
『以前見かけたお姿とは印象が違い過ぎるかとも思うのですが…』
「あー、あぁ、それはまぁ…」
年の功さ、と一口では納得出来ない返事を残すのだった。
「隠す…いや、ある意味はそうなんだがな。キミたちにはその必要がない、と私からの信頼、信用でもあると思ってくれると助かる。」
含みのある言葉の追求は捨て置き、内容だけを留め置く。
『それでですが、私たちはここから更に西に向かう予定でして。』
背後に控えていたリアンが手荷物の中から一枚の封書を取り出し、御付きのメイドに手渡す。
「主からの文です。」と一言添えた。
パルティアの指示で開封を促され、メイドの口から内容が伝えられる。
「内容としては海域の調査許可…と、協力の要請ですね。」
フム、と読み上げられた文書を受け取りつつ短い思慮を巡らせて上げた口元は…
「協力、とな?」
明らかにナニカを企むような笑みを浮かべていた。
「まぁ、北の頼みもあれば出来る限りは惜しまぬよ。だが…調査といっても記載されている海域は何もなかったはずだが…いや、待てよ?」
何かを思い出した様子で御付きに確認を入れる。
「古文書で以前目にした事が何か…」
「司書に確認させましょう。」
足早に応接室を後にする御付きを尻目に、
「少し時間を貰う事にはなるが、こちらでも調べてみよう。宿を用意させる故、今日は観光がてらゆっくり疲れを癒すと良い。」
『感謝致します。ではまた改めて伺いましょう。』
謎の企み顔は気に係るものの、程なくしてパルティアがメイドを介して記した文書を手に、領館を後にした私たちは、海沿いの下り坂を取って返し、賑わう町へと戻る。
「ひとまずは無事?に…問題なく許可も降りたようで何よりですね。」
『正直、手がもげると思った…』
握手を交わした右手を少し大袈裟に振る。
ハハッと笑い、極自然な手付きで私の腕を取り、
「骨折には至ってないようですね。良かった。」
と安堵する。
予定では何某かの情報収集の後に戻る予定ではあったものの、存外時間を取られた分もあり一旦船に戻る事にする。
坂道を下り終え踏み入れる町並みは、人出の多い区画へと差し掛かり、昼時も相まって出店から漂う香ばしい匂いに釣られそうにもなるが、ここは我慢だ。
『えぇーー?』
後ろ髪引かれながらも我慢して戻った船、甲板の上で大の字で転がる3人と一匹。
その真ん中に散らかった食事の跡。
見る限り港にあった出店から手に入れたであろう出来合いの料理だろう。
『い、急いで帰ってきたのにぃ……こんのぉぉ!』
満足顔のカイルの腹目掛けて拳を叩きつける。
「んぎゃぁっ!」と喚く姿で僅かだが気分は晴れた。
『とりあえず今日は町の宿に泊まるよ。あ、カイルとシロは留守番ね。』
何でだ!との不満は睨み一瞥で黙らせ、さっさと身支度に取り掛かる。
「空腹は万人の難敵じゃぞ…」
哀れみの目で呟くシロ。
その通りだ。
『フンっ!カイルの馬鹿!!』
『ん、美味し。』
宿に向かう途中、皆が食べていた料理を出店で仕入れつつ食べ歩き。
既に食べ終わっていたはずのパーシィとロニーも同様に食べ歩いているが…
『太るよ?』
と抜け駆けの嫌味をちょっとだけ付け加える。
「うっ…」と留まるロニーに対して、パーシィは気に返さずモリモリ食べている。
「魔力いっぱい使ったからねぇ。私はまだまだ行けるよー。」
『まぁ…財布は軽くなるわね。』
「うっ…」とパーシィの動きが止まる。
船での生活に関しての出費はなくとも、旅の合間にお給金が出る訳では無いのだ。
少なくともこの旅が終わり、王都に帰還するまで彼女の財布が軽くなることはあっても重くなることはあるまい。
慌てて中身を見るが、時すでに遅し。
涙目で頬張る出店料理はさぞ塩味が効いているだろうな…。
はははっ、と嫌味を言ったものの、乾いた笑いが出る。
「パーシィ、パーシィ!、いいもの見つけたよ!」
道すがら賑わう町並みの中から、ロニーが何かを見つけたようだ。
指さされた方向に、どちらかと言えば男性比率が高い…且つ屈強な感じの人集りが見える。
「何あれ?」
「さぁーてお立会い!、次のカードは〜」
と群衆の視線を集める司会者の声。
輪の中心には何のことはない木箱。
傍らに立つ司会者と別に2人の男の姿。いずれも見るからに腕自慢といった様子。
成り行きを眺めていると…
『成程…』
「腕相撲?」
「そう。しかも…」
応援の掛け声とは別に上がる声。
「赤に200だ!」
「いーや!これは青!300!」
似たような声と共に飛び交う金。
『賭け…ってことか。』
しばし眺めていたものの、流石にいきなりは勝手も解らず、今日のところは見学のみとなった。
「うーん…勝てる方法…」
歩きながら本気で悩んでいるパーシィ。
恐らく明日にでもあの人集りに紛れているに違いない。
『…カイルにでもやらせてみたら?』
何と無く呟いた助言。
「ハッ!、それだ!!」
と叫び船へと戻ろうとするパーシィ。
『やるなら明日ね!』
肩を掴んで止めておく。
『まぁ…急に出れるかも分からないんだから、今日のところはしっかり休息取ること。』
「はっはっは!、明日までの我慢だね。とりあえず私は少し眺めてから向かうことにするよー。」
と言い残し、ロニーは人集りに消えていった。
『夜にでもロニーさんから話聞けばいいんじゃない?』
「うー…わかったー。」
後ろ髪を強めに引かれるパーシィを半ば引きずる様に手を引いて宿へと向かう。
領主が手配してくれただけあって、外観は豪華。案内された部屋はすこぶる快適。
存外、町に辿り着いた高揚感も相まって薄れていた疲労感は充てがわれたベッドの前で浮き彫りとなる。
『あー…これはいけない…』
少しの休息のつもりで横になったのだが、気付けば私の意識はあっという間に微睡みに沈むのだった。
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賭博は程々に楽しむが吉である。
次回もお楽しみに!