104話 船を描く
104話目投稿します。
人の身に宿った力は次第に薄れ、そして大いなる糧となる。
枕元に居座る毛玉を撫でながら窓の外を見ると、先程の悪天候が嘘のように静まっている。
「この先には雷雲は出ぬよ。」
ボソリと呟く毛玉は気持ちよさ下に私の手を受け入れ、けれど顔を上げる様子はない。
相変わらず手触りは心地よい。
『カイル、先に戻って。』
部屋を後にするカイルを見送り、シロに向き直る。
『シロ、ゴメンね。苦労させちゃったみたい。』
「構わんよ。ヌシのお蔭でわしの目的も叶ったのだからの。」
荒れ狂うベリズと、東の火山を鎮めた。
『その事でちょっと聞きたい事があるの。いい?』
今度は頭を上げ、こちらに目を向ける。
『もし、私がアナタの角を折ったらどうなる?』
「フム…ベリズの事じゃな?」
問いかけに返された問いは、この話の主旨を確認するためのものだ。
『少し前までは、私の中のベリズに魔力を借りるような感覚だった。でも今は…』
「…もしもわしの身に何等かの事が起こったとして、この角を宿す者が居たとしようか。」
例えば、カップに水を挿す。
注がれた水はカップの大きさを越えれば溢れ出る。
例えば、水を通さない袋に挿す。
容量を超えた水はやがて袋を破る。
「本来であれば、ヌシがその身にベリズの力を宿す事自体が人の身には余る。わしがヌシらの、ヌシの元に戻ろうと思ったのもそこじゃよ。」
あの火山でシロはベリズの気配を察していたらしく、その灯火が消え去る瞬間も、またその火種が新たな器に宿った事も感じていたという。
直後に一切の気配を見失う事となり、当初は私の身がその力に耐えられなかったとも考えていた。
己の身に刻み込まれた契約上、カイルとの絆は断ち切る事はできないため、王都での再会を約束はしていたものの、しばしの療養の後に戻る予定ではあったようだが、カイルを通して私の帰還を感じていたシロは、そうは見えなくとも急ぎ戻り、結果先程の立ち回りと相成ったという事だった。
「わしの生きてきた歳月の中で、残念ながらヌシのような者はおらなんだ。故、ヌシの身に何が起こっているのかは推測しかできん。」
改めて私の様子をまじまじと観察し、
「思うに馴染んできた、と言ったところではないか?」
余りに予想外…いや、叔母やサクヤとの魔力操作を経てから、それまであった壁のような感覚は薄れているのも確かだ。
自分の拳を幾度か握り返し、体の奥にある感覚を探る。
『馴染む…』
「使いこなせれば間違いなく人族としては並ぶ者はおらんじゃろうて。」
『そんなに?…ってまぁ…ベリズ、強かったもんね…』
「うむ。」
僅かに寂しそうな空気を纏う。
『顔馴染み…だったんだよね…』
「わしにしろ、ヤツにしろ、永く生きておるからのぅ…」
寂しそうな、ではない。寂しいのだ。哀しいのだ。
自然に抱き上げ、胸元に寄せる。
抵抗はない。
互いに口を開く事無く、沈黙の時間が流れた。
「可愛い〜」
しばらくの休憩の後、戻った甲板で待っていたのは手厚い歓迎。
パーシィに抱き抱えられる様子、本人も愛でられるのはまんざらでも無いようだ。
ロニーもその体をつつくように楽しんでいる。
「いやぁ〜、話には聞いてたけど実物は一層愛らしいね。パーシィ、独り占めはいけないぞ?」
2人の背後に立つリアン。
心做しか…いや寧ろ羨ましそうな目で見ている。
『………』
「………」
余りに珍しいその表情に、私もカイルも言葉が出ない。
視線に気付いたリアンが慌てるように咳払い。
「シロ様。此度は皆さんの御付きをアイン様より申し遣っております、リアンと申します。」
燥いでいる2人には気づかれなかったようで、何とか体裁は保たれたようだ。
「わしは空気を読めるのじゃ。」
何の事か?
パーシィの腕をするりとすり抜け、リアンの腕に飛び乗る。
「宜しく頼むぞ、リアン殿。」
『何か…すっごい嬉しそうなんだけど…』
「間違いねぇな…にしても、リアンさんは「殿」かよ、あの犬っころめ…」
船内での一時からまださして時間も経ってないが、シロが現れてから、この船の、私たちの空気は大きな安心感に包まれている。
私も、カイルも、シロの存在と、力、信頼感を大きく感じていた。
『流石…かな?』
「年の功だろ。」
2人笑い合う。
危険な海域を越え、魔獣めいた雷雲を潜り抜け、船は西へと波を乗り越えて進む。
予期せぬ天候による二重の難関となってしまったものの、本来であればアヴェストの喉を乗り越えれば一転して海は穏やかになる。
見張り台に上がり風向きを確認。
帆は畳んでいるのであまり意味はないが。
手摺に肘を預け、船の周囲、空模様を確認。
快晴とまでは行かなくても雲間から時折降り注ぐ光の柱は、先程の雷雲が発する光とは大違いで、暖かさと共に幻想的にも見える。
そして今更ながらに気付く。
そうか…これが。
『リアンさんが焦がれる気持ち、少し解る気がする。』
船は海の上だと解っているはずなのに、遠くの景色はまるで空のようにも見えて。
『題名、空を漕ぐ船…なんてね。』
例えば陸地から私たちの船を見る事が出来たなら、より一層そんな感想になるかもしれない。
『空を漕ぐ…飛ぶ船?、ふふ…ノプスさんならやりかねないな。』
思ったより私自身も気持ちの余力が感じられる。
『この海の先…沈む町…国?…どんなとこだろ?』
まだ見ぬ遠い海域。
この大海に眠る古の歴史は、私たちに何を齎すのか…。
何者か、何事か、今はまだ解らず、静かに揺蕩う。
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辿り着いた西方の町。
降り立つ大地は久しい土の感触と、心地よい潮風を届けてくれる。
次回もお楽しみに!