103話 雷光再来
103話目投稿します。
避ける、防ぐ、受ける。
降り注ぐ雷光はついに呼び寄せる。
時折、船から離れた位置に落ちる雷に誘発されるかのように私たちの船にも細かい雷が現れ始める。
「…っと。あぶねぇあぶねぇ。」
寸での所で避けるカイルからすれば以前シロと行っていた修行と同様なのだろうか?
『そもそも雷避けるとか無理でしょうに…』
手の平から風を発し船を前へと押し出す事には成功したものの、本格的に雷雲の領域に踏み入る事となってしまった船。
各所に取り付けられた金属部品の至る所から発生する雷は触れる事さえ危険だ。
「痛っ!」
振り向くと片腕を舵から離すパーシィ。
生憎とこの船の舵は甲板の上、外気に接しているためこの悪天候に於いて防ぐ術が無い。
この旅が終わって報告書を上げれば何等かの改善がなされるだろう。
残念ながら今すぐに解決の手段はない。
「今は気にしちゃ駄目だよ!フィル!」
私が駆け寄るより早く彼女が叫ぶ。
閉じかけた手の平をグッと堪える。
私の代わりにリアンが駆け寄り、支障にならない程度で彼女の手を確認する。
こちらに向けた視線と頷く様子で大事では無いと報せてくれた。
ならば今は気にしなくて大丈夫だ。
『ロニーさん!波は!?』
「もうすぐ!もうすぐ波が変わる!2人共頑張れ!!」
船の周辺はすでに雨に見舞われ、雷雲の下、天気はすでに悪天候を通り越して大荒れ、海上の言い方ならば大時化。
『運はいい方だって思ってたんだけどなぁ…』
良くはあっても、幸運だけではないんだな、と思い知る。
自然と漏れた理由は直感。
そして肌に伝わる感覚と、自分に訪れる不幸を信じた。
『カイル!』
一瞬でマストの天辺から私の横に降り立つ姿は、私の感覚を察してくれる、実現してくれる、頼れるヒトだ。
「解ってるさ。任せろ。」
『左舷。』
落ちる。問題ない。
『前方マスト、傾けて。』
落ちる。結いのロープを掴み手繰り、揺れる。
僅かに帆に着いた火は雨で消える。問題ない。
『船尾、窓。』
落ちる。割れた。問題ない。
『パーシィ、5歩右!』
落ちる。抱きかかえて右へ。
咄嗟の事で彼女の思考は追いつかない。
「えっ、と…キャッ!」
『戻って!パーシィ!』
我に返り、舵を握る。僅かに残る電流に顔を顰めるが、掴めない程ではない筈だ。
舵にも損傷はない。問題ない。
雷雲が大きな咆哮を投げ落とす。
『大きい!メインマスト!カイル!!』
一瞬で見張り台の更に上、マストの天辺に立ち、剣を抜く真上に掲げた。
落ちる。剣に。
雷はカイルの体に収まっていく。
問題…ない?
「大丈夫だ。もっかいはキツい!」
『ロニーさん!波は?』
降り注ぐような雷に腰が抜けたか、手近な木の板を頭上にしている様子だ。
「うん!抜けてる!」
「こっちも大丈夫!、舵も少し軽くなったよ!」
安堵は束の間。
激しく明滅を繰り返す雷雲から、喉を鳴らすような音が響く。
まるで力を溜めるように…
『ん…大きいの来る!皆伏せて!』
上から降りてきたカイルが私の前に立った。
僅かだがその肩…いや、全身が震えている。
彼の動きはベリズと戦った時に見せた奥の手だ。
負担が大きく無理はさせられない。
「どこだ?」
それでも平然を装い私の指示を待ってる。
『駄目、広すぎる!…けど、これは…』
カッ!と一番激しく嘶いた雷雲から耳を劈く轟音と共に一筋の雷が船の真上から降り注ぎ、船を包み込むかに思われた。
が、直後、船の直上に奇妙な光景を生み出した。
「まったく…王都で待つように言っておったじゃろうに…」
柱から球体になった雷。
その中に浮かぶ影。
聞こえた声はその身にしては年寄り臭い言い回し。
『…はぁ…』
と息を吐き出し、甲板に腰を落とした。
「オマエが遅いんだよ!…心配させやがって…」
私同様に緊張の糸を解いたカイルが後半は小声で声のヌシに文句を返す。
私とカイルを除く3人は、何事か、何者かが解らず頭上を見上げたままだ。
『皆、多分もう大丈夫…パーシィ、風はもう大丈夫かな?』
「う、うん。後はこっちで何とかするよ。」
帆に向けて掲げていた手を下げた。
少し前までは魔力を使っても別段疲れのような物は感じなかったのだが…今回は…何と無く体が怠い。
『さて、と…』
立ち上がった直後、視界がブレた。
『あ、れ…?』
膝が折れ、倒れ、
「っと。無理すんな。オマエも疲れたんだろ。」
再び抱え上げられる。
『ちょっ、大丈夫だって!』
「リアンさん、ちょっとお願いします。コイツ部屋に持ってくんで。」
私の意見は無視され、3人に笑顔で見送られる。
「わしも休ませてもらおうかの。ヌシらを探すのは骨が折れたわい。」
ドスっ、と私のお腹の上に降り立った小動物。
『うぐっ』
当然、3人からの興味の視線。
「あー…皆には後で説明するよ。」
言い残し、カイルは足早に船内に駆け込んだ。
「して、どういう事じゃ?」
一応は私を休ませる、という名目で甲板を後にした流れで、私の自室に集まる形となった。
改めてあの時、溶岩吹き上がる火口に飛び込んでから私の身に起こった事を話す事となる。
以前カイルに言い聞かせた時より、少しだけ細かく、私の身に起きた事柄を。
「…それでさっきの…そうか。」
極自然な動きで私の手が包まれる。
その手を取り、頬へ触れさせる。
『ありがと。』
「ヌシら、番になったのか?」
割り込むようにシロが口を挟む。
「なっ、つ、番って、おい!」
見事に反応するカイルに私は頭を抱えた。
『馬鹿っ!、ったく…そこで反応するから遊ばれるんでしょうが…』
「相変わらず阿呆じゃのぅ…とはいえ、体の方はしっかり鍛えているようじゃ。そこは褒めておこう。んで、何で船なんぞに乗っておる?」
話題は変わり、この旅の説明となるが、私もカイルも明確な目的については聞いていない。
ひとまずは目的地、そしてこの船の実働試験についてを伝えるのみとなった。
話を聞いたシロにも僅かにではあるが興味を惹く所があったようだ。
「西方遠洋の海域は古より不毛となった海。そこに何があるのかは気になるところではあるのぅ。好かろう。主殿よ、またみっちり鍛えてやる故覚悟するが良い。」
眼の前の「主」と「従者」は互いに含みある笑みを浮かべ、互いの拳をトンと当てたのだった。
『シロ、駆けつけてくれてありがとう。また会えて嬉しいよ…これからも宜しくね?』
「うむ。」
と短く返し、私の寝床、枕元に頭を伏せ、小動物は目を閉じた。
感想、要望、質問なんでも感謝します!
危険海域を突破した船の上、新たな旅の仲間は頼れる存在となるか?
次回もお楽しみに!