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びんかんはだは小さい幸せで満足する  作者: 樹
第五章 大海に眠る
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102話 記憶の傷痕

102話目投稿します。


さり気ない会話の中にも鋭い楔はある。

「フィル。キミはどう思う?」

ロニーの問いかけは、何故渦が在るのか?というものだ。

彼女が見つけた物語の書籍に挙げられた中には、

一つ、海の魔獣

二つ、巨大な穴

三つ、異界

他にもいくつかの伝聞が在るようだが、つまりはこの三つの中に近いモノがあるというのが彼女の推察なのだろう。

『うーん…元が空想だったとしたら二つ目はあまり惹かれないかなー。』

「パーシィは?」

「私は一つ目!って言っても渦の原因ってより、居るなら見たい感じ!」

「成程成程。」

こんな状況でも楽しそうに話せる胆力は見習いたい。


『でも魔獣の仕業だとしたら渦の回転が定期的に変わるような気はしないんですよね。』

「あー確かに。」

「うん。そうだね。私もそう思うよ。」

挙げたものの、彼女の中でも可能性としては低いようだ。

「なら穴が開いてる?」

『渦が発生するという意味でなら有り得るけど…』

「うん。これも間違っちゃいない。巨大かどうかは置いといてね。」

大量の海水が一つの穴に流れ込むうちに渦が発生する可能性はある。

しかし、これは回転方向が変わる原因とはまた別だ。

『異界っていうのは、何と言うか…突拍子もない話だけど…』

「そうね…原因だとしても説明しようがないし、そもそも突き止めるのも難しいよね。」

「うん。三つ目に関しては私も説明しようがない。けれど何が起こるか分からない点は逆に全ての原因が起こり得る可能性もあるんだ。」

頭を抱えるように悩む私とパーシィを眺めるロニーの瞳は強烈な好奇心の光に包まれている。

流石は研究所で古代史の専攻研究を取っているだけの事はある。


とは言うものの、異界というモノがあるとして、巻き込まれるのは御免被りたい。

自由に行き来出来ない場所には、良い思い出が少なく、抗えない流れをこの身に味わって、まだ大した時間も経っていないのだから。




「異界かー、冒険者としては興味あるとこだけど、フィルはどう?」

無邪気な笑顔で私の意見を求める問いかけ。

ドクンと胸がザワつく。

気にするな。

駄目だ。この問いかけに答えてはいけない。

口を閉じろ。

眼球の奥に蟲でも湧いたように血が沸き立つ。

心を…鎮めろ。

背筋を駆け抜け全身へと震えが伝わる。

「フィル?」

『…だ、大丈夫…ちょっと立ち眩みした、だけ…大丈夫。』

精一杯強がったつもりだ。


「ロニーさん、パーシィ、済まないけど少しの間、2人で頼めるか?」


背中と膝の裏に回された腕は、私の体を軽々と持ち上げ、出来るだけこの身に揺れを与えぬよう、彼の足は船内へと進んだ。

「無理すんな。俺がお前の傍に居る。」

『…っぐ』

両腕に上手く力が入らない。

震えも止まらない。

藻掻くように掴んだ彼の胸倉を力の限り引き寄せる。

自然、私の頭がその胸元にぶつかり、僅かな衝撃にいくつかの吐息が漏れた。

『っつ…ハァッ…ん、ぐ…』

「大丈夫だ。俺が居る。大丈夫…」


私の部屋の扉が開かれ、室内へと進む視界。

目線が下がり、体が床に触れる。

胸倉を掴んでいた腕は、首に回され、膝裏に触れていた手は私の頭に添えられた。


「離さないでって言ったよな?」

頷いて、

「苦しいか?」

首を振り、

「辛いか?」

少し悩み頷いて、

「泣いていいんだ。」

首に回した腕に力を込め、

「もし次があるなら何処にだって一緒に行ってやる。」

何度も何度も、何度も頷き返した。

「強くなくて良い。」

「一人で背負わなくて良い。」

「隠さなくて良い。」


『っく、グスっ…っふ…』


何とか大声を上げるのは耐えた。

顔をカイルの肩口に押し付けてだけど。

「戻ったらパーシィにも話してやれよ?、絶対心配してる。」

頷いて応える。

「あとな、鼻水拭くのは止めてくれ?」

『そ…それは、ちょっと無理。』


優しく触れるカイルの手を感じながら少しずつ落ち着いていく気持ち。

しかし、安らぎの時間がこの船に訪れるにはまだ早かった。

船内に設けられた伝声管から火急の声が響く。

「雷雲が近付いてる!カイルくん!リアンさん!甲板に!」


「フィル。行ってくる。」

肺に溜まった息を大きく吐き出す。

歩み寄り、カイルの胸に手を添え、伝える。

『…大丈夫、私も行くよ。』

頷き走り出したカイルの背中を追って、自室を後にした。




甲板に戻った私たちから僅かに遅れてリアンも姿を見せる。

「急に風が強くなったんだ!雷雲もいきなり近くに!」

ロニーが空を指差す。

空模様はすでに灰色を通り越して黒煙のように黒い。

「舵も重くなってきた!まだ余力はあるけど、推力上げるのはまだ早い気がして…」

不安そうな表情は隠せない。

『パーシィ、今日はぶっ倒れるまで頑張ってもらうから、覚悟しててね!』

出来るだけ、彼女が先程のやり取りを気に掛けないように、名いっぱいの笑顔で言い渡す。

「あ…フィル…ま、任せて!私頑張るよ!」

互いに僅かな不安は残っているが、今は無視だ。

『カイル、リアンさんも急いで帆を上げて!』

2人が飛び出し、事前に口裏を合わせていたかのように連携して作業を進める。

心配そうに声を掛けてきたのはロニー。

「フィル、できるのかい?」

『やれるだけやってみる。』

時折視界が光に包まれる。

波しぶき以外の湿気を含んだ空気を漂わせ、遠く、近く、また遠くと轟く雷鳴は、どこか獣の遠吠えのようにも聞こえる。

『パーシィ、私の魔力と一緒に推力を全開にして!、一気に抜海域を抜けるよ!』

「分かった!」

『ロニーさん、船の向きと海流を見てパーシィに伝えて!』

「了解っ!」


『必ずこの海域を突破する!』

心は荒れる波以上に忙しない。

天候が回復する様子なんて微塵もない。

嫌な予感は外れた事の方が少ない。

でも…でもさ、

『まだ最悪には程遠い!』

メインマストの後ろに立ち、両手を翳す。

「フィル!開くぞ!!」

強風で不安定のはずのマストの上からカイルが大声を張り上げる。

出来る。出来るはずだ!

抗えない自然の力がどうした?

溶岩に身を賭した竜の魂はその中でも一つの希望を託したんだ。

思い出せ、森の奥で私の体を浮かび上がらせた風の力を。

この身に、この肌に感じた魔力を思い出せ!

叔母が教えてくれた魔法の力を。


『パーシィ!!』

発した声と同時に私の掌が緑の光に包まれ、吹き出した強風が帆に当たり、より大きく撓む。

体が強烈な勢いに押し返される程の加速を以て船は走る。

「いっけぇぇぇえええ!!」

最早、船とは思えない速さで荒波を乗り越えて行く。


速さと勢いを求めた船はまもなく海域の突破となるだろう。

結果、進行方向を変える事になったその先には、雨と共に待ち構えている雷雲が重く伸し掛かるのだった。



感想、要望、質問なんでも感謝します!


死力を尽くしても足りない事は多い。

されど、この旅は、決して一人ではない。


次回もお楽しみに!

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