100話 渦と雷雲
100話目投稿します。
昇る朝日と共に目覚めた日、その光が届く時間は短かった。
「なぁ、フィル。」
翌日早朝の甲板、ここ数日は早めに床に着いているお陰で早起き出来ている。
日々の鍛錬の一つである剣の素振りをしながら甲板に出た私を呼び止めたカイルが私に聞いてきたのは、昨晩の、というか昨日の出来事でのリアンの様子だ。
カイル以外は大凡溜息だったりソワソワと落ち着かない様子だったのがカイルには分からなかった。
その理由が知りたいという事だが、
『アンタでも小さい頃の…今になると恥ずかしい事ってあるでしょ?』
「いや、まぁそれは解るさ。んでも海賊に化けてってーのは別に格好悪くないだろ?」
『あー、それは…そうね。アンタならそうでしょうね。』
リアンさんはそう思うってだけで、確かに海の安全を護るという点で恥ずべき事じゃない。
海賊に扮するあの人たちもきっとそうだ。
でも、あのコリンという女性の反応は何と無くだがそのような雰囲気もあった。
『あ…もしかしてあのコリンさんって…』
「私もそうかなーって思ったよ、フィル。」
隣に腰を下ろしながら声を掛けてきたのはパーシィ。
抜錨と巡航の操作が終わったようで船も進み始めている。
『あ、やっぱり?』
「何?」
女の子同士の不明瞭な会話はカイルの頭に新たな謎を植え付ける事となった。
『また会ってみたいね。出来れば普通に。』
「それは確かに!」
帰りの航路に新たな予定として組み込めるといいな、と今は頭の隅に留めておこう。
「ん?、なぁ、アレ。」
パーシィと他愛ない会話を尻目に鍛錬を続けていたカイルが船の前方を指さして声を掛けてくる。
そちらに目を向けると、灰色の空模様の中で僅かに光を発する雲が見える。
『雷雲、かな?…パーシィ、方角は?』
「間違いなく進行方向だ、迂回できるかな…」
急ぎ立ち上がり舵へと向かう。
『カイル、マストの準備よろしく!まだ開かなくていいよ、パーシィは舵確認と伝声管でリアンさんを呼んで!、私はロニーさん起こしてくる!』
各々が頷きで返し、持ち場へと走る。
ロニーの部屋の扉を叩く、が予想通り反応はない。
『ロニーさん、入るよ!』
返事を待たず入った室内、やはりぐっすりだ。
ベッドの上、布の塊を掴んで引っ張る。
「んぁ?」
『ロニーさん!雷雨が来る!起きて!』
声はかけた。ちゃんと起きてくるかは彼女次第だがのんびりもしてられない。
一先ずは彼女が体を起こしたのは確認できたので、踵を返して甲板へ戻る。
戻った甲板ではすでに帆の準備は万端。
一足先に甲板に出たリアンは船首付近に立ち雷雲を確認している。
「パーシィさん、ひとまず迂回します。取舵いっぱい!」
ゆっくりと船の向きが変わる。
前方に見えていた雷雲は僅かに右手方向へ。
リアンの合図で舵を戻す。
彼は更に陸地までの距離を確認し「面舵」を指示。
「カイルさん、風向きが変わったら教えてください!」
マストの準備で見張り台に登ったままのカイルにも声を掛ける。
一度戻る、と厨房に向かうリアンと入れ替わりにロニーが船内から顔を出した。
「ゴメン、遅くなった。どう?」
『ひとまずは陸地側に迂回する流れかな。』
船の右前方に見える雷雲を指差し、ロニーに伝える。
「海図ではそろそろ喉の海域から外れるはずだけど、油断は出来ないね。」
舵を取るパーシィの傍に近付き声を掛ける。
「重さはどう?」
「推力はまだ余裕あるけど、ちょっと重い感じがする。」
「カイルくん!、そこから陸は見えるかなー?」
上にカイルが居る事は確認済みなようだ。
「渦は見えねぇ。けど波が引かれてるように見える!」
ふむ、と一考の後に私へ向き直る。
「もしかしたらだけど、少し強引に進める必要があるかもしれないね。」
「ちなみにフィル。キミは風属性の扱いはどうだったかな?」
『えーと…気の所為じゃないと思うんだけど、は帆に使うつもり?』
返答に問いかけで応えると満面の笑顔なあたり、怖いもの知らずな一面が伺えてある意味新鮮ではあるが、もしソレが必要であればやるしかない…。
とは言え、
『使ったことはないなぁ…』
風属性の魔法の扱いに長けている人、といえば思い出すのはエルフの族長ルアだろうか?
この場に居ない人を思い出しても仕方ないが…。
「出来る限りやるしかないかー。パーシィ、キミも少しは使えるんだろ?」
「私の基本は水属性ですが…まぁ…少しなら。」
止むを得ない場合は仕方ないとして、あまり彼女に負担は掛けたくはない。
『私も出来る限りはやるよ。当然にね。』
「しかし、そのような状況になる前に最善を尽くしましょう。」
いつの間にか戻ってきたリアン。
その手には体を養うための朝食が用意されている。
「カイルさん、今のうちに朝食にしましょう!」
見張り台のカイルに降りてくるよう促し、私たちは揃って甲板での食事を取る。
空模様は昨日に比べれば雲が多く薄暗くもあるが、今の所は悪天候と言う程ではない。
時折雲間から覗く朝日は、この先の荒れ模様から逃げ惑うように水面を踊る。
遠く光る雷雲は何かを呼び寄せるかのように叫びにも似た轟音を上げた。
『落ち着かない予感、未だ健在…といったとこかな…』
感想、要望、質問なんでも感謝します!
どれ程の準備をしても、どんなに強い力があっても荒れ狂う自然の力に及ばぬ事は数知れないのだ。
次回もお楽しみに!