98話 船仕事
98話目投稿します。
昔ながらの自然現象は来訪者を拒むが冒険心は揺れる。
だが今はその時ではないのだ。
アヴェストの喉。
西方地域の船乗りなら誰でも知っている自然現象。
汎ゆるモノを飲み込み塵芥へと変えてしまう海の奈落。
「見てみたい!ってのが率直なとこだけどさぁ…無理…だよな?」
『無理。危険って解ってるとこにわざわざ行くわけないでしょ。馬鹿なの?』
今日の航海から使う事になる帆布の点検をしつつカイルが漏らす要望。
当然ながら聞けない話だ。
「確かに私も興味はあるけどねー。」
魔導船は一定の推力なら常に舵を握る必要はないらしく、パーシィも一緒に帆を整える手伝いをしてくれている。
『どっちにしろ今は無理。まぁロニーさん次第だけど…』
とは言ったものの、あの人はあの人で同様の興味を抱いてそうな気がしなくもない。
「えー、ケチ!フィルのケチ!」と不満を全身で表すカイル。子供か!
何故かパーシィも不満気な様子なのは見なかった事にする。
『船で近付くとしたら、少なくとも帰りの時ね。それまで我慢できないなら今すぐ海に叩き込んであげるけど?』
「ホントか?、楽しみが増えたぜ!、なっ?」
「やった!、ありがと、フィル!」
許可が降りたら降りたで2人共に嬉しそうでなによりだ。
『そりゃ私だって気にはなるわよ…』
その光景についつい本音が漏れる。
2人にニヤけた顔をされると余計に恥ずかしくなる。
『精々ロニーさんを急かす事ね。あくまで何か解れば、の話よ。』
軍隊の敬礼のような動作と共に、
「「アイアイサー!」」と揃える2人。
気に入ったの?ソレ。
『リアンさん、そろそろ帆を開きたいんだけど、カイルに教えてもらっていいかな?』
現時点でリアンの持ち場は厨房と言っても過言ではない程度に食事は任せっきりとなってしまっている。
「了解です、ここはお任せしていいですか?」
見たところ昼食用の調理に取り掛かる前だ。
『終ったら私も手伝いますね。』
並べられた食材を指差す。
魔導船に取り付けられているマストは大小の二つ。
大きい方には二枚の帆を張るので全部で三つ。
設計段階では魔力による方向転換と生み出される慣性もあるため、三枚の帆で十二分に速度が出せる、ということらしい。
リアンの指示も相まって程なく張られた帆は綺麗に広がり、風を受けて揺れる様子は…何と無く胸が踊る。
薄っすらと陸地が見える程度に距離をとって南西方向へと舵を取る。
寒い季節の風は天候によって極端と聞いてはいたが、幸い今日の天気は悪くない。
昨晩リアンが予想していた通りで助かる。
今日の内に件の渦を回避できる程度には進んでおきたい。
夜になれば錨は下ろすものの、寝ている間に巻き込まれるなんてのは御免被りたいところだ。
「渦より西になると、私もあまり出向いた記憶はありません。出来るだけ陸地に近づきたいところですね。」
船首から見える景色を確認していたところ、傍らに立ったリアンが漏らす言葉。
声色からは何処となく緊張感が感じられる。
やはり渦への警戒は強いようではあるが、それ以外にも何かが在るような気がするが…
『何か心配事が他にもあるの?』
「…無い…とは言い切れませんね。何かと言われると私の中でもどうにも曖昧で説明が難しいのですが…」
歯切れが悪いけれど、隠し事をしているようには見えない。
「言うなれば、昔、海の近くに居た者特有の勘…でしょうか…天候も航路も状況も問題ないはずなのですがね…」
一種の心配症…のようなものだといいが、今までの経験上だとそういった直感地味た感覚は正しい。
『リアンさん。念の為、事が起こらないうちに出来ることはしておこう。』
伴い向かう先は、やはり厨房だ。
もし少しでも人手が必要になった時、この少ない人員で出来ることは限られる。
昼食はともかく、夕食の準備も済ませておく。
パーシィには疲れない程度に速力を強めるように伝え、鍛錬中のカイルには終わり次第、船に設けられている装備の確認を。必要であればロニーにも手伝ってもらうように指示を飛ばしておいた。
『言われてから…というわけでもないけど、確かに…落ち着かない空気は感じるな。』
単に初の航海で、という事なら良いのだが、楽観的に考えられないのはどこぞの領主サマのせいに違いない。
不測の事態に備える。
その為に、常に最悪の状況を考える。
今更ながら、叔父や叔母の私に対する数々の言動はある意味の教育だったのだろうか?
『ま、まぁ兎も角、何事も起こらないに越したことはない、か。』
幸い、昼食時の段階では特に事の起こりは無く、更に言えば全員が食堂に集まることが出来た。
私とリアンは、言葉にし難い嫌な予感を感じるものの、運が悪いわけではないようで、書庫を漁っていたロニーは抜かり無く西方地域の詳細な海図を探し出せたようで、早速パーシィとリアンが航路についての打ち合わせに入る。
鍛錬を終えたカイルも昼食前にある程度の各種装備は把握したようで、一部の装備に関してロニーとやり取りしている。
各々の打ち合わせが行われている間、甲板に出た私だったが、何やら様子の変化に気付く。
急ぎマストをよじ登り見張り台へと上がり周囲を確認する。
『あれ…何だ?』
先程までは見えなかったはずだが、確かに在る。
方向的に陸地ではない、海に浮ぶ…あれは船か?
見張り台の伝声管を開き、声を上げた。
『甲板へ!、前方に影!』
「なんでしょう?」
「なんだろうね?」
「なんだアレ?」
「あれは…」
『まさか…』
「「「『海賊船だーーー!』」」」
リアンを除く4人が叫ぶ。
「いやはや…まだ居たんですか…」
リアンはリアンで、脅威にも関わらず、呆れているような感じで呟いた。
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航路を遮る影は、脅威よりも一種の高揚を生み出すのです。
次回もお楽しみに!