97話 漁村の海辺
97話目投稿します。
辿り着いた漁村での一時。
懐かしさを慮る顔は、己の故郷の景色を浮かび上がらせる。
王都から運河沿いに北上し陸地が途切れ海へと続く土地。
漁村【ノルヴェス】は「村」と呼ばれる割りに港湾施設などは印象以上に整備されている。
その括りから抜け出せないのは住人の少なさと年齢層の高さが理由だ。
所謂過疎化となっている理由に関しても漁業以外の特色がない事、王都からの距離が遠からず近からずというのも挙げられる。
また、必要最低限以上に整った港湾施設が造られた理由も西方領との交易海路、王都への海運と訪れる人はそれなりに多い。
漁村でありながら、事、王都への海路の入口としての重要な土地だ。
ここに暮らす住民の要望でもあれば「港町」と銘々する事も可能とは思うが、彼らはそこまでの発展を望んでないらしい。
『確かに漁村っていう感じはしないね。ノザンリィと大差ないくらい。』
想定より早く到着したためか、補充する物は少なく、総出で村を巡る必要は無かった。
「この村の住人は基本的には静かな暮らしを望む方が多いのですよ。昔からそれは変わりませんね。」
隣を歩くリアンの語りはどこか懐かしさを漂わせる。
『もしかしてリアンさんってこの村の?』
「ええ、ここは私の故郷でもあります。ただ…」
彼の家族は揃って王都へ移住したらしく、馴染みの顔も高齢のためか少なくなった、と。
そして今回の旅に関する一連の付き人として彼が選ばれたのも彼が航海に関する知識を有していたからのようだ。
「いずれはこの村に戻りたい…とは思います。」
立場上もあるのだろうが、リアンは常に穏やかな表情で私たちに接してくれる。
魔導船が運河を抜け、海上へと出た時、皆で甲板に集まりその景色を楽しんだのだが、普段と変わりないはずの彼の表情はどこか懐かしむような様子が印象に残っていた。
それはきっと彼が幼い頃過ごした海への郷愁。
遠くもなく近くもないこの村は、リアンにとってどれ程彼の心を占めているのか?
この旅を経る事で、彼の想いに何某かの切掛が生まれれば良いな、と思う。
『いいところですね。今のリアンさんを見てると私も故郷を思い出します。』
いつか帰る場所。
リアンにとって、この村の岸辺から見える広がる海。
それは私にとっての、裏山の景色と同じだ。
大した価値のない、けれど掛け替えのないモノだ。
『いいところです。』
リアンに倣って広がる海を見て、今一度、私は呟いた。
「予定よりかなり早い到着ですね。」
テーブルに並べられた料理の数々はどれも美味しそうだ。
物資の補充から戻ったリアンが腕を振るったのは言うまでもなく、それを取り分け其々に配る手付きもまた手馴れている。
「おっ、これ、俺が釣ったやつ?」
船尾での釣果はそれなりに…まぁ大きさはそれなりだが、多くはない。
けれど5人の腹を膨らませるには十分だろう。
「違いますよー。これはリアンさんとフィルが買ってきたやつです。あ、これ美味し。」
私の予想以上に消耗しているのか、操舵士の食欲は旺盛だ。
そしてやはりカイルの釣果は奮わなかったようだ。
ガクリと項垂れるカイルの様子は他4人の笑いの種となる。
「次はどこの向かうんだい?」
手元の料理の傍らには読みかけの本が置かれている。
流石に食事抜きは回避したいのだろう。
食卓にまで本を持ち込むのは彼女らしくもあるが。
『ひとまずは西方領のヴェスタリスかな。』
恐らくは今回の旅の最終的な目的地は西方領ヴェスタリスの更に西の海上。
となると、そこに向かうための補給地点としてはヴェスタリスになるのは必然だ。
「そうですね。アイン様からもそのように言われてます。」
配膳を終えたリアンも腰を下ろし、料理を口に含む。
故郷で仕入れた食材に満足しているようだ。
『パーシィ、体の調子はどう?』
もりもりと料理を口に運ぶ姿は私が知る今までの彼女の姿とは打って変わって新鮮ではあるが、それもまた彼女の一面なのだろう。
「んー、それなりに疲れてはいるけど、何処が痛い〜とかは無いよ。」
ならば船の操作に関しては特に問題は無いだろう。
『リアンさん、天候は読めますか?』
空模様を伺うリアン。
「今日明日程度であれば特に崩れたりはしないでしょう。」
「西方に向かうならちょーっと遠回りしたほうがいいだろうね。」
付け加えたのはロニーだ。
取り上げたのは食卓に持ち込んだ一冊の本。
「何かあるのか?」
先程まで落ち込んでいたカイルはすでに調子を取り戻している様子。
「簡単に言えば、「渦」だね。」
本の表紙を指差す。
そこに書かれていたのは「アヴェストの喉」という題名。
本の造りとしては伝記のような印象だが…
「確かに…この先の海域は昔からの伝承のような一帯がありますね。」
重ねるようにリアンも付け足す。
『…なら、少し迂回する航路にしよう。パーシィ、お願いね?』
「アイアイサー、ってね!」
何処で覚えたのか、恐らくは了解の意だとは思うが…。
『カイルはまぁ、修行はともかくとして、空いた時間は帆を見る事。』
帆を使う理由ぐらいは解っているようで。
「アイヨ。」
といつもの調子で一つ返事。
『ロニーさんは書庫で海図を探してください。渦に関しても何か解れば教えてね。』
「りょーかいっと、あ、リアンさん。明日の食事は書庫で食べるから、持ち出せるようにしてもらえると助かります〜。」
「はい。ではパーシィさんと同様に用意しましょう。」
最後に…と言っても私が言うまでもなく。
『リアンさん、明日も美味しい料理、楽しみにしてますね。』
夕食の片付けを終え、各々が自室に戻った後。
初めての船旅に落ち着かない心を鎮めるため、甲板に出てみた。
夕食の場ではあまり見てなかったのだが、周囲の灯りもない今は、月明かりだけが影を作る。
『いや…これは月明かりだけじゃない、か。』
漁村からの灯りも届かない船上。
大海に向けた視界に映るのは、満天の星空と、それを反射して見せる写鏡の星空。
『綺麗…言うなら、境界の海…か…』
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伝記が示す世界の渦。
あらゆる物は、平等に、無慈悲に呑まれていく。
次回もお楽しみに!