95話 魔導船出港
95話目投稿します。
3度目の旅立ち、出港を待つのは名無しの船。
「そういえば…」
いざ出港!
と、その前の一時。
「港」というにはもの寂しい、どちらかと言えば本来で言うところの「造船所」に近いような王都の一画。
何か思い当たったようにパーシィは口を開いた。
この場に居る十数名の人影の中で、私が知る顔は、
操舵士パーシィ。
傭兵、護衛担当として同行するカイル。
今回の旅の準備や手続きを執ったアイン。
その妻レオネシア。
息子オーレン。
魔導船開発責任者ノプス。
そして妹のような存在、イヴ。
同行する!と息巻いていたロニーこと、学術研究所所員ロニルダ=オストルの姿は今の所、影も見えない。
「この船、名前はないのでしょうか?」
『魔導船…じゃ駄目なの?』
チッチッチ、と指を振るパーシィ。
その素振りは、何処となくノプスに近い気がして、そちらを見やるが…
彼女の様子を見てが、クククッと口元を抑えて笑っている。
「フィル。「魔導船」は種類だよ?。」
「そうだねえ。確かに私たちは互いを呼ぶ時に「人間」とは呼ばないからねぇ。」
と補足するものの、開発者側の意見としては、
「特に名前は考えて無かったなぁ…」
という事だ。
「本来であれば、名高い船は進水式の場で司祭の祝福と共に名付けが行われる事が殆どだ。」
国の時事に携わる立場のアインが加わる。
『今回は色々省いてますよね?、どうしよう?』
「皆で決めればいいんじゃねぇの?」
と口を挟んだのはカイル。
彼は彼でひょんな事から「名付け」についてとある面倒事に巻き込まれたはずだが、すでに覚えてなさそうだ…というより彼の場合、面倒事と受け取ってはないのだろう。
『うーん…いざ考えるとなるとー、悩むね…』
ちょっとした会議のような流れになってしまった物の、こうなってしまうと決まらない事には出港もできないのではなかろうか…。
「ラグリア様からの勅命って考えると、どうかしら?」
提案はレオネシア。
「お名前をお借りするとなると大事になりそうだね。」
悩む両親の傍らでオーレンが口を開いた。
「陛下のお名前が難しいのでしたら、国の名前をなぞるのはどうでしょう?」
まだ小さい子供から出た名案。
「エデルティア、はそのまま過ぎて使えませんね。」
「エデル。」
ポツリと呟いたのはイヴだ。
「…魔導船試作機エデル、か。悪くないね。」
開発陣であるノプスは気に入った様子。
『いいね、イヴ。ありがと!』
「えへへ、やった!」
抱きしめた彼女は、褒められ、喜び、笑う。
試作機エデル。
名付け親がイヴである事は、私としても、旅先で彼女を身近に感じることができる気がして嬉しく思う。
『にしても…ロニーさんが来ませんね。』
自ら同行を望んでいたはずなのだが、一向に現れる気配がない。
「場所は伝えてるんですよね?…何かあったんでしょうか…。」
船内に移動し出港の最終点検となったが、特に作業もない私は見送りに来たイヴたちを連れ船内を案内している。
私の心配事にオーレンが答えてくれるものの、若干落ち着かない様子なのは船内が気になって仕方ないといった所だろうか?
「ここは何かなぁー!?」
決して広くはないが、それなりに部屋数もある船内を探検するように慌ただしく走り回るイヴ。
「あぁ、イヴ、そんなにバタバタしたらダメだよー!」
むしろ、気になるのはイヴの行動のような気がしてきた。
『ふふ、解るよ、その気持ち。オーレンもね。』
「す、すみません…」
照れ臭そうではあるが、一緒になって燥いだりしない辺りは逆に年齢の割に落ち着き過ぎな感もあるわけで…
『無理しなくていいよ。カイルも燥いでたし。』
「そ、そうなのですか?、そっか…」
少し嬉しそうな顔をする。
彼を見ていると、やはりカイルの小さい時の姿と重なる事が多い。
「フィルおねぇちゃん、このお部屋は?」
イヴが指さしたのは確か…いや、待て、まさか…
部屋の使用目的を簡単に説明するとすれば「書庫」もしくは「書斎」。
今回の目的である西方の海に関する幾つかの文献を揃えた本棚、日誌などの執筆作業を行うための机などが置かれている部屋、なのだが…
『一応、書斎のような部屋なんだけど…』
扉を開くと室内は暗い。
窓際に歩み寄りカーテンを開くと、陽の光に室内が曝される。
壁際に置かれた長椅子の上。
『まさかとは思ったけど…』
毛布に覆われモゾモゾと動く物体。
勢いよく剥ぎ取った下から姿を見せたのは…
「ふわぁあぁぁあ…あ、フィル、オハヨー。」
『ロニーさぁぁぁん?「オハヨー」じゃないですよ!』
ついつい勢いに任せて頬を抓った。
改め聞いたところ、昨日の夜、この書庫に必要な書籍を運び込んだ際、いっそこのまま、と乗船したらしい。
「まぁ、無事に皆が集まったようで良かったよ。」
頬が赤くなったロニーを引きずるように戻った甲板、今回の旅の一同、私、パーシィ、カイル、ロニー。
更に水夫兼任の使用人として、数日間私とパーシィの世話をしてくれていたリアンも叔父の命で同行することになった。
私たち乗組員全員の姿を確認し、叔父は口を開いた。
『本当に…』
溜息を漏らす私に苦笑する。
「では、そろそろ時間だね。キミたちの無事を祈っているよ。」
簡潔に述べた後、船を降り、
「パーシィ、くれぐれも魔導船を頼むよ。」
ノプスもパーシィに声をかけ、船を後にした。
『さぁ、行こう!』
甲板から船外に合図を飛ばすと、ガチャン!と大きな音が聞こえた直後、船は運河へと滑り降り、揺れと共に着水。
『パーシィ!お願い!』
「行きますよっ!」
船体内側からの振動を伴い、港湾部の陸地からゆっくりと離れていく。
「こういう時って何か掛け声とかするんじゃないのか?」
『え、何それ。』
例えば、とカイルが大きく息を吸い込む。
「魔導船試作機エデル!出港!」
「とかさ。」
いまいち締まりの無い言葉を付け足して船は進み始めた。
『イヴ!、行ってくるね!』
「フィルおねぇちゃん!頑張ってね!!」
船尾甲板から離れていく陸地に向かって大きく手を振った。
少女の胸元に光る石はまるで灯台の灯りのように輝く。
ここが帰って来る場所だ、と示すかのように。
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目的地は西方。リアンから示される叔父からの伝言は眼前に広がる海路を示す羅針盤か。
次回もお楽しみに!