第69話 結果発表
東京都。千代田区。内閣総理大臣官邸。首相執務室。
地面には、赤い水晶玉が転がり、青い髪が落ちている。
「……これを持って、とっと帰れぇ。小童が」
響くのは、一鉄の渋い声。見下すように向けた視線の先。
膝をつき、地に伏すのは、長い後ろ髪を切られたラウラの姿があった。
「……なん、でだ。殺せたはずだろ」
視線を上げる。そこには、仕込み刀を杖に収める一鉄。
表情は相変わらず険しい。ただ、どこか角が取れたように感じた。
「調査報告書に、私の名を書いておけ。お前は見せしめだぁ」
情をかけられたんじゃねぇ。わざと生かされたんだ。
恐らく、組織が帝国へ安易に手出しできないようにするため。
「……ちっ。僕を、生かしたこと、後悔するなよ」
今はこんなしょうもない台詞しか言えねぇ。
だけど、覚えてろ。いつか、目にもの見せてやるからな。
◇◇◇
投票最終日より翌日。伊勢神宮選挙事務所。天気は晴れ。
12畳ほどの空間には、長机とパイプ椅子が複数並び、壁掛けテレビが見える。
「いよいよですね……」
「……緊張して、は、吐きそうです」
席に座るのは、二人の男女。
同じ白黒の袴を着るジェノとアザミだった。
向かい合うテレビには、THKの選挙報道番組が流れている。
(お願い、通ってて……)
両手を組み、アザミは食い入るように画面を見つめる。
順に開票され、結果が分かり次第、速報が報道される仕組みだった。
『速報が入りました。千代田区の当選議員が決まったようです』
丁寧な物言いの女子アナウンサーが紙を受け取っている。
その紙には、名前が書かれている。伊勢神宮か、霧生卓郎か。
(開票前だと霧生さんと4万票差……。でも、やれることは、やった)
地道に活動を続けファンを増やした。
鬼龍院みやびにVtuberの立ち回りを教わった。
みやびフェスで色んなトラブルを乗り越え、成功させた。
登録者数1000万人を突破して、ツバキにかかった呪いを解いてあげた。
――『エンジェルロード』をお披露目した。
(落ちても、後悔はない。ただ、できれば通っててほしいな)
衆議院の当選。その先にある憲法9条改正。
それはまだやれてない。絶対、成し遂げたい。
鬼が虐げられている世界は、もう見たくないから。
『千代田区の当選議員は――』
ここで決まる。今までの苦労が報われるかどうか、全部、決まる。
「お願いします!!」
隣には、影でずっと支えてくれた人がいる。
胸がどきどきする。緊張しているせいかもしれない。
でも、もし。もし、逆転して、当選するようなことがあったら。
『政党無所属の伊勢神宮氏です』
流れるのは、当選の発表。
「やった!! やりましたよ、アザミさん!!!」
自分のことのように、ジェノは喜んでいる。
その勢い余って、こちらに抱き着いてきていた。
触れられただけで悲鳴を上げる、男性恐怖症なのに。
「……あ。ごめんなさい。男性恐怖症でしたよね」
それを察したのか、彼は自分から離れようとしている。
今までに感じたことのないぬくもりが、冷めようとしている。
「……っ」
勇気を出して、抱き着いてみる。
いつもの嫌な感じはない。むしろ心地いい。
胸の奥が温かくなって、体はなんだかポカポカする。
(……そうか。わたしって、やっぱりそうなんだ)
ようやく、理解する。違和感の正体。
ダンジョンで助けてもらった時から、とっくに。
「え、えっと、アザミ……さん?」
困惑しているのか、ジェノは弱々しい声をあげている。
それがたまらなく愛おしい。ずっとこうしていたいと感じる。
まさか、こんな日がくるなんて思わなかった。一生こないと思ってた。
「あ、あなただけは、特別みたいです」
これは告白じゃない。ただの事実。
でも、いつかはちゃんと思いを伝えよう。
もし、憲法9条が改正できたなら、その時は――。
◇◇◇
東京都。千代田区。帝国ホテル東京。最上階。
夜景を一望できる寝室には、キングサイズのベッド。
その中で、生まれたままの姿で横になる二人の男女がいた。
「……本当に、これでよろしかったの?」
ふと問いかけるのは、短い金髪の女性。ユリア。
シーツを肌に纏い、体を起こして、隣にいる人物に問いかける。
「安心してくれ。計画通りさ、マイシスター」
ベッドから起き、一糸まとわず歩く金髪の男。
男は窓際に立ち、東京の夜景を眺め、握り拳を作る。
「憲法が改正されたら、この帝国を二人だけの世界にしよう」
そして、秘めた目的を明かす男――霧生卓郎は次なる戦場を求めていた。
◇◇◇
大阪。白十字病院。地下二階。霊安室。
そこに訪れたのは、黒い西陣織の着物姿のツバキ。
「……ナナコ。やったぞ。あやつは、伊勢神宮は当選しおった」
語りかけるのは、棺桶に入れられた女性。
白装束を着たまま、目を閉じるナナコがいた。
「後は夜助が、『上変化草』を持ち帰ってくれば、お前は――」
止まった時の中にいる彼女に対し、ツバキは告げる。
その目的。目的の先に見える未来。新しい帝国を見据えた計画を。
◇◇◇
東京都。千代田区。白教大聖堂。地下牢。
牢屋にいるのは、坊主頭の男と、赤髪リーゼントの鬼。
「拳を交えて、頭は冷えたか?」
そこに問いかけるのは、燕尾服を着た老人。臥龍岡。
横に伸びた白い髭を指でいじりながらも、向ける視線は鋭い。
「……あ、あなた様はっ」
「なんだ、知り合いなのか?」
うろたえるのは青い制服姿の千葉一心。
一方、なんの気なく聞き返すのは黒服の閻衆だった。
「馬鹿が、お前も鬼の端くれなら知っておけ。このお方はだな」
「長ったらしい話は不要じゃ。ワレらの身柄はワイが預かるけぇ、覚悟せぇよ」
鬼と人。公にできない罪を犯した二人に言い渡されたのは――だった。




