第58話 エンジェルロード②
江戸城本丸跡地下。
緑のステージからやや離れた場所。
そこにはワイヤレスイヤホンマイクをつけたアザミ。
その周囲には、みやびフェススタッフとライバーである鬼たちがいた。
「援護してください。みやびフェス東京はわたしが必ず成功させますから」
マイクはミュート中。
アザミは決意の言葉を口にする。
目的地は、モーションキャプチャー用の緑のステージ。
「人と鬼の戦争、ってわけね。覚悟はできてんの?」
しかし、その行く手を遮るのは、霧生と警官たち。
こちらは十数人で、あちらは数十人。仲間を呼んでも人数は不利。
「今、お止まりになるなら、危害は加えないけれど、いかが?」
背後には、得体のしれない強さを誇るユリア。
彼女が本気で止めにくるなら、死傷者が恐らく出る。
逃げた方が利口。諦めるのが吉。やらなければ誰も傷つかない。
――だとしても。
「道を開けてください。フェスの邪魔なので」
逃げない。諦めない。やるしかない。
誰かに指示するだけの人間にはなりたくない。
恐怖で人を支配しようとする人間には負けたくない。
言い出した本人が誰よりも責任を負い、身を削って成功させる。
それが理想の人物。それが理想のアイドル。それが理想のVtuberなんだ。
(ナナコさんから……鬼龍院みやびから学んだことを全てぶつけてやる)
アザミは、刀を片手で握り、刃先を地面に向け、意思を込める。
体から青色のセンスが溢れ出し、視線に迷いはなく、前だけを見ていた。
「はぁ、先方は戦争がお望みか。動いたら撃っていいよん」
「あらあら、もう少しお利口さんだと思っていたのだけれどね」
敵対する勢力は臨戦態勢に入り、こちらの出方を待つ状態。
警官たちは回転式拳銃を向け、ユリアは白い羽根を両手に挟む。
一歩でも踏み込めば始まる戦争。発言を撤回すれば、まだ間に合う。
「――」
全部承知の上で、アザミは踏み込んだ。
鬼と人の歴史を変えるための大きな一歩を。
「あちゃー」
「お馬鹿ね」
直後、呆れたような声と共に、銃弾と羽根が飛び交った。
前方と後方。その二点からの同時攻撃。普通なら避けきれない。
だからこそ、周りにいる鬼たちは、身を呈してかばおうとしてくれている。
――でも、心配はいらない。
「超原子拳ォォォ!!」
活発な声と轟音と共に、地面はえぐれ、見事なクレーターが出来上がる。
穴ができ、重力に引かれたアザミたちは、直線上の銃弾を物理的に回避する。
「全弾当てるよぉ。――鬼爪操弾」
次に聞こえたのは粘っこくて、頭に残る高い声。
飛び交うのは、鋭利な爪。その一発一発が白い羽根を穿つ。
「……ちょっ、地面ないんだけどぉぉぉっ!?」
そこに、前線にいた霧生の叫び声が響き渡り、
「おいおいおい。嘘でしょ」
「く、訓練通り、五点着地をすれば――」
隣の警官二人も巻き込まれ、拳で砕かれた地面の底へ落ちていく。
「今のは味方です。安心して上がってください」
同じく落下中のアザミは、なんの動揺もなく指示を飛ばす。
指示を受けた、鬼たちの顔は引き締まり、壁を蹴り、跳び上がる。
「大人しくそこで見ていてください。わたしが世界を変えます」
落ち行く霧生を見つめながら、アザミは告げる。
その下にできた穴は深い。高さ5メートルほどはある。
(相手はただの警官と政治家。壁は上ってこられない)
そう思考しながら、意思を込めた足で壁を蹴り、跳んだ。
その先には、無傷の鬼たちに、純白の鎧、大量の警官たち。
――そして。
「応援、させてもらうでぇ」
青いセーラー服に、両手の黒い指ぬきグローブを整える人物。
茶色の後ろ髪が外にはねた、活発そうな女性。滅葬志士棟梁――毛利広島。
「今度はあーしが守る番だよ、薊」
穴だらけのピンクのワンピースに、鎖が断たれた手錠。
飛ばした爪と傷は、鬼の特性で完治しつつある同僚――桃瀬桃子がいた。
「後ろの鎧を頼みます。羽根には当たらないでください」
感謝も謝罪もしない。全ては事が上手くいってから。
最低限の言葉で指示を送り、アザミは振り返らずに前進する。
「……う、動くな!」
そこに、若々しい男性警官が銃口を向けてくる。
その手は激しく震えていて、照準がまるで定まってない。
恐らく、今まで人に向けて拳銃を撃ったことないがないのだろう。
「邪魔しなければ、手出しはしません」
足を止めるに値しない相手。止まるわけがなかった。
銃口にあえて向かっていくような形で、足を進めていく。
「……あ、あぁ」
その様子に気圧されてしまっているのか、顔は青ざめている。
それもそうだ。刀を持った相手が近づいてきたら怖いに決まってる。
こうなれば、戦うどころの話じゃない。戦意喪失と見なしてもいいだろう。
「あぁぁぁぁああああああああああっっ!!!!」
しかし、警官は半ば狂乱状態。
そのせいか、引き金を引いてしまっていた。
銃声が鳴り響き、38口径の銃口から、一発の銃弾が放たれる。
『いいか、38口径の弾は秒速80メートルで迫る。見切れるなどと思い上がるな』
瞬間、頭を駆け巡ったのは、父の言葉。
瞬き程度の時間でも、8メートルほど進む速さ。
普通は見切れるはずがない。普通は対応できるはずがない。
でも、今は普通の状況じゃない。今だけなら、なんでもできる気がした。
「――」
刀で斬る。なんて無駄な動作はしない。
弾道を読んで避ける。なんて無難な動作もしない。
銃弾が目で追えてしまった時点で、もっとも効率的な動作は、一つ。
「……は?」
こぼれ落ちたのは、驚く声と銃弾。
「拳銃ごときで、今のわたしは止められませんよ」
見切った弾を刀の腹で受ける。それが、今の最適解だった。
すると、そんな異様な一連の出来事を目の当たりにしたせいなのか。
「「「……」」」
ボトボトと、拳銃を落とす警官たち。
道は勝手に開き、視線の先には緑色のステージが見える。
「ご協力感謝します」
一歩。また一歩と足を進めると、見えてくる。
緑のステージで待ち受けるのは、見知った顔の二人。
「あぁ、心より感謝します。鬼に加担した罪人を、ここで葬れることを!!!」
婦警服を着た、長い紫髪を後ろで編んだ女性。その手には刀。
初めて出会った時と同じ台詞で立ち塞がるのは、滅葬志士棟梁――臥龍岡アミ。
「……アザミさん。俺はこの戦いに手出しはしません」
もう一人は、青い制服を着た、左頬に刃物傷がある褐色肌の少年。
その表情はどことなく暗く、申し訳なさそうにしている仲間――ジェノ。
(ジェノさんが止めないのは、きっと理由がある)
真剣勝負。それは間違いない。
だけど、あの時とは互いに状況が異なる。
立ち位置も敵対していた相手も、何もかもが変わった。
(恐らくこれは、彼女が抱える矛盾と踏ん切りをつけるための戦い)
鬼である桃子をアミが助けてくれたのは、分かってる。
鬼か人。その狭間で揺れているなら、背中を押してあげるまで。
「受けて立ちます。鬼龍院みやびが思い描いた夢を、邪魔しようというのなら!」
始まるのは、京都から続く因縁。初めての出会いの続き。
鬼を肯定する人間と、鬼を否定する人間。互いの信念をかけた戦いだった。




