第54話 みやびフェス東京⑧
江戸城本丸跡地下。
広い洞窟内には、鎧と鬼がいた。
「あれだけ威勢のいいことを言って、もうお終い?」
白黒の翼を羽ばたかせる音と共に、見下すような声が響く。
そう言い放ったのは、空中に留まる、純白の鎧を纏うユリアだった。
「……くっ、なんで、センスが」
一方、地上にいる鬼の桃子は、白い羽根が体中に刺さっている。
体表面を覆っていたセンスは消え、そのまま押し切られる形となっていた。
「も、もうやめてください……っ!」
これ以上は、もう見ていられない。
(ライブがあるから戦うなって言われたけど、我慢できない……っ!)
アザミは桃子の前に回り込み、鎧の前に立ち塞がる。
温存しないといけない体力を、全て使ってもいいという覚悟を秘めて。
「選挙のお出馬を辞退する。そう仰るなら、見逃しましょう」
すると、ユリアはこの展開を読んでいたのか、一切の淀みなく言い放つ。
そこでようやく相手の目論見が分かった。きっと政治界からの刺客なんだ。
(辞退すれば、桃子さんは助かる。だけど、ナナコさんの夢が……)
彼女ならどっちを選んだのだろうか。
この場にいたらどんな決断をしたんだろうか。
今はもういない、憧れの先輩であり、友人に思いを馳せる。
(……違う。彼女ならきっと助ける。助けた上で、夢も叶えて見せるはず)
でも、深く考えるまでもなかった。
彼女なら両方やる。なんとかしてしまうはず。
だったら、考えるまでもない。やるべきことは一つなんだ。
「じ、辞退はしませ――」
この状況を切り抜ける方法なんて思いついてない。
だけど、頭に浮かんだ答えを、勢いのまま口に出そうとした。
「――雷鳴よ轟け」
そこに、追い打ちをかけるようにユリアは不穏な台詞をこぼす。
(攻撃っ!?)
瞬時に腰の刀を握り、横に構える。
それはセンスの伴わない、ただの物理防御。
反射的にセンスを纏えればよかったけど、至難の業。
一心との戦いでは、来るのが分かったからできたけど、今回は無理。
(……あれ、痛く、ない?)
当然、修行不足の痛い仕打ちが来ると思った。
だけど、痛みはない。ただ、相手は言葉を発しただけ。
「……あぁぁあぁっぁあああぁっぁぁああああああっ!!!!!!!」
そう思っていると、後ろから聞こえるのは、悲鳴。
すぐさま振り返ると、桃子は雷に打たれたように苦しんでいた。
「も、桃子さんっ!!」
反射的に桃子の方へ駆け寄ろうとする。
「駄、目! あー、しに、触れるな!!!」
だけど、桃子に強い言葉で拒絶され、我に返る。
どういう仕組みか分からないけど、この羽根。何かある。
彼女がそこまで言うなら、うかつに触るわけにはいかなくなった。
「白の羽根は、『既知』の現象を自由にお再現することが可能なの」
すると、ユリアは懇切丁寧に種明かしをしてくれる。
(『既知』って、あらゆる現象、全て……っ!?)
背筋がぞっとする。言ってしまえば、なんでもありな能力。
「つまり、いつでも殺せるということ。その意味はお分かり?」
戸惑っている間に、ユリアは淡々と話を進めてくる。
脅しだった。あくまで目的は、出馬を辞退させること。
そのためにわざと能力を明かして、心を折りにきたんだ。
(無視したら、桃子さんは……)
ちらりと後ろに目配せする。
そこには、雷鳴の余波で痺れる桃子の姿。
「あざ、み……。あーし、は、見捨てて」
視線の意味に気付いた桃子は、強がるようにそう言った。
(どっちもなんて無理……。どっちか諦めないと……)
桃子か、ナナコの夢か。
一人の鬼の命か、大勢の鬼の命か。
簡単には選べない。どちらもかけがえのないもの。
「わ、わたしは……」
でも、早く選ばないと両方失うかもしれない。
そんな思いだけが先行し、口走る。答えはまだ決まってない。
「お聞かせになって。あなたはどちらを選ぶのか」
もう逃げられない。次の一言で決めないといけない。
それなのに、考えがまとまらない。時間だけが過ぎていく。
(決めないと……。早く、早く……)
いつ、彼女が痺れを切らすか分からない。
言葉を発するだけで、桃子はきっと、死んでしまう。
能力の根源は羽根。体中に刺さっていて、取り除くのは難しい。
(選挙を諦めれば、桃子さんを確実に助けられる。いや、でも……)
かといって、桃子を助ければ、ナナコの夢が消える。
大勢の鬼たちがこの先も路頭に迷うし、最悪、暴徒化する。
「お時間稼ぎのつもり? 早くお決めになって。……でないと」
次にユリアが起こす行動は分かる。
どうせ、後ろの彼女をいたぶるつもりなんだ。
「わ、わたしは……っ!!」
その行為を遮るように言葉を重ねる。
決める。決めないと。どちらか両方は救えない。
「……っ」
視線を落とし、考える。すると、右手の薬指には、銀色の指輪。
ジェノからもらった、あらゆる魔や呪いを払う邪遺物が目に入る。
(……もし、仮に、刀のコントロールが可能なのだとしたら)
そんな時に浮かんでくるのは、第三の選択肢。
アザミが持つ刀は呪われている。抜けば、刀に支配される。
見境なく襲い続ける、化け物に成り果てる。だけど、それを支配できたら。
「……」
ごくりと息を呑み、緊張が走る。
まだやめられる。今なら安全策を取れる。
思いついただけで、そんなリスクを背負わなくていい。
出馬を諦めれば丸く収まる。少なくとも桃子は殺されずに済む。
選挙はまた出ればいい。今回は駄目だったとしても、きっと次の機会がある。
「――あ、あなたを倒しますっ!!!」
それなのに、気付けば刀を抜いていた。
赤黒い刀身をあらわにし、強く言い放っていた。
だって、友人を助けたかった。鬼龍院みやびになりたかった。
――だから、戦うんだ!!!
「あらあら。あなたは、もう少しお利巧な人だと思ったのだけれどね……」
聞こえてくるのはユリアの冷たい声。
次に相手が取る行動は、決まっている。
「北辰流――【風船葛】」
でも、やるせるわけがない。
アザミは刀を上段、横一文字に構え。
背後にいる桃子に向け、円を描くように優しく振るう。
「――焼け死ね」
それとほぼ同時に、ユリアは明確な殺意を乗せ、言い放った。
「……えっ」
桃子は言葉を失っている。斬られると思ったんだろう。
でも、刃は桃子に届いていない。狙いは全身に刺さる白い羽根。
それらを根こそぎ絡み取り、引き抜く。絶妙な力加減と、太刀風を用いた技。
(お願い……間に合って)
まず、第一段階として、桃子が助かること。
それが絶対条件。じゃないと、牙をむいた意味がない。
「……たす、かった?」
軽い尻もちをつき、体を見回すのは、桃子。
燃えてもないし、死んでもいない。第一段階はクリア。
(やったっ! それなら、次の問題は……)
第二段階は、刀に支配されないこと。
すぐさま、刀を握る腕を見つめ、覚悟する。
「――ッッ」
すると、案の定、腕の血管が浮き上がり、体を支配しようとしてくる。
(ここさえ耐えてくれれば、後は……あと、は……)
そんな中、ふと見つめるのは右手薬指にある銀色の指輪。
この指輪には、刀の暴走を一度だけ止めてもらったことがあった。
「お見事と言っておきましょうか。ただ、お苦しそうね。ご気分でも優れない?」
でも、その思惑を分かった上で茶化してくるように、ユリアは言う。
まるで、刀のことを知っているような反応。だとしたら、裏にいるのは。
「……くっ」
そう考えを巡らせると、不意に立ちくらみに襲われる。
乗っ取られる前兆だ。目の前が暗転し、失神してしまいそうになる。
(だ、め……。このままじゃ……)
いつもより進行が遅い気がした。だけど、足りない。
指輪の効力はあるけど、あと一つ、何かが欠けているような感覚。
(なに、か……。画期的な、なに、か……)
この状況を分かっているのは自分だけ。
自分がなんとかしないといけない。助けは期待できない。
恐らく、取れる行動は一回きり。それ以上持たないのが、肌感覚で分かる。
「ふふっ。おバターになった黒服も、そんなお顔、してましたわね」
嘲笑う声が聞こえる。それ自体はどうでもいい。問題はその後。
(や、っぱり……この、人が……キクさんを……っ!!!!)
お腹の奥底から溢れてるくる黒い感情。その衝動に呑まれ、気絶しそうになる。
「……ッ!!!」
本能のまま、右手の甲を噛んだ。痛みなんてない。
そのまま歯をきしらせ、豪快に食いちぎり、正気を保つ。
(……硬、い。じゃま、だな)
そこで、歯に硬い異物が当たったことに気付く。
意識はほとんどない。その異物を歯で掴み、引き寄せ。
「……っ」
ごくりと異物を飲み込んだ。
それは、銀色の装飾品――破邪の指輪。
魔と呪いを払う効果があるもの。それを体内に入れ込んだ。
「お無駄なことを。何をやっても、あなたはもう……」
ユリアは呆れたように言葉を投げかけてくる。
(熱、い……体が、溶け、るっ)
でも、そんなのどうだっていい。
肌が溶け、皮膚が焼け、肉がただれる。
そんな感覚が体を支配して、脳が焼き切れそうだった。
(もう……限界。もう、もたない……)
そろそろ、意識が途切れる。目の前が真っ暗になる。
目を覚ました頃には、血と肉と臓物ばかりの地獄が広がってる。
(いやだ……いやだ、いやだ、いやだ、いやだっ!!)
体が拒絶する。心が拒絶する。本能が拒絶する。
刀に宿る呪いを魂が拒絶する。頭が拒絶する。意思が拒絶する。
(せめて、せめ、て、桃子さんだけは……)
薄れゆく意識の中で、思うのは桃子のこと。
自分の手で仲間を殺したくない。そう切に願った。
「……ッッ」
それを機に、どくん、と心臓が脈打つのが聞こえる。
どくん、どくん、どくんと、人ならざる心音が鳴り響くのが聞こえる。
(……ちが、う。いつものとは、何か、違う)
感じるのは、異常な熱さ。溶岩を全身に浴びされたような気分。
それなのに、不思議と心地いい。不快と快楽が共存したような状態。
今ならなんでもできる。そんな万能感が体を支配し、ふと息を吐きたくなる。
「………………ふぅぅ」
口からは白くなった息が漏れ、アザミの瞳は赤に染まる。
ここまでは乗っ取られた時と変わりない。一つだけ違ったのは。
「白、髪……? 一体、あなたの中で何が……」
怯え、戸惑っているユリアの様子を、目と耳で感じられること。
だったら、次の言葉は決まってる。迷うことなく、言い放ってやる。
「聞こえていませんか? わたしはあなたを倒す。そう言ったんです」
黒髪が白髪に変化し、自信に満ち溢れたアザミは勝利宣言する。
(キクさん、仇はわたしが必ず取って見せますから……)
これで、次は第三段階。ユリアを刀で裁く。そのための戦いが始まった。




