第53話 みやびフェス東京⑦
江戸城本丸跡地下。
その隅には、携帯を片手に持つ女性。
腰には刀と、モーションキャプチャースーツを着たアザミ。
「……う、嘘ですよね」
携帯から聞こえるのは、耳を疑う内容。
『間違いねぇよ。遺留品は黒いスーツと白と黒の羽根。それと、溶けた体だ』
ラウラが犯行現場に乗り込んで確認した証言。
ある人の身を案じ、出向いてもらった、その結果。
だけど、信じたくなかった。だって、そこにいたのは。
「……」
現実から逃避するように通話を切る。
手が震え、握っていた携帯が地面に落ちた。
「ちょ、どしたのさ」
そばにいた桃子は異変に気付き、駆け寄ってくる。
元気に振る舞わないと。何事もなかったって言わないと。
「……き、気にしない、で」
胸が張り裂けるような思いで言い放つ。
それが今できる精一杯。最大限の強がりだった。
(お願い……もう、構わないで。これ以上は、わたし……)
強がりが通って、何事もなかったように時間が流れてほしい。
優しい顔をして、さらっと流してほしい。そう願いながら、顔を見る。
――そこには。
「…………誰なの、薊をそんな顔にしたやつは」
鬼らしい形相を浮かべた、桃子がいた。
駄目だった。すぐバレた。嘘は簡単に見抜かれた。
もう誤魔化せない。誤魔化しても意味がない。我慢できない。
「わ、わかりま、せん。でも、き、キクさんが……キクさんが……っ!!」
自然と涙が溢れ出す。もう二度と会えないかもしれない。
そう思ったら、胸がぎゅっと締め付けられたように苦しくなる。
「……約束するよ。犯人はあーしが必ず潰してやる。何か手掛かりはないの?」
流れる涙を桃子は手で拭い、かけてくれるのは頼もしい言葉。
冷たくなった心が、張り裂けそうだった心が、少しだけ、あったかくなる。
「ひぐっ……。し、白と黒の羽根……」
いつも通り言葉足らずだった。
でも、これで伝わるはず。伝わるって信じてる。
「分かった。ちょっと、出かけてくるね。――ライブは頼んだよ」
きっと解決してくれる。悪い犯人をこらしてめくれる。
根拠はないけど、そう思わせてくれるような、強い気持ちがこもっていた。
「――」
こくりと頷き、背中を見届けようとした。
彼女に全てを託して、ライブに集中しようとした。
そんな時。前向きになりかけた思いはぐちゃぐちゃになった。
「――――」
軽い地鳴りがした、直後、轟音が鳴り響く。
洞窟の天井を軽く突き破り、現れたのは純白の鎧。
背中には白と黒の翼。遺留品の特徴と合致する羽根が見えた。
「……」
偶然じゃない。今、目の前にいるのは、犯人。
(こいつが、こいつが……っ!!!)
ぐちゃぐちゃにされた感情が、爆発しそうになる。
我慢なんかできない。自ずと腰にある刀に手が伸びる。
「薊は手を出さなくていい。こいつは、あーしがやる」
刀を握る手を優しく止めるのは、桃子。
その体には、緑色のセンスが纏われている。
不思議と感情は収まる。それだけの安心感があった。
「あら、お一足早かったようね」
対する相手は、聞き覚えのある声だった。
シスターユリア。白教大聖堂を管理していた存在。
地下に牢屋があることを隠し、監禁に加担し、キクを殺した犯人。
「探す手間が省けたよ。君が黒幕でしょ」
「いいえ。わたくしはどちらかというと白幕でしょうね」
二人の会話は一切噛み合わない。
いや、噛み合う必要なんてないのかもしれない。
「白教だかなんだか知らないけど、薊を泣かすなら、誰であろうと潰すから」
「面白い。ならば、お受けしましょうか。この白教大司教シスターユリアが」
手を出してきた時点で、関係は決裂している。
歌でも、話し合いでも解決しない。戦争だ。戦う以外方法がなかった。
◇◇◇
東京都。千代田区。地下通路。
舗装された道が途切れ、洞窟らしい道が現れる。
道は三つに分かれ、配線がむき出しの電球がそれぞれの道を照らしている。
「こっちの道で、いいんだよね……」
ビニール傘を片手に、真ん中の道を選ぶのは、ジェノ。
前もってアザミに順路を伝えられていたけど、不安でしかなかった。
「――っ!?」
その時、奥の方から大きな音がして、地面が軽く揺れ動く。
「嫌な感じがする……。急がないと」
すぐさまジェノは不安を振り払い、駆けだした。
◇◇◇
東京都。千代田区。地下通路。
洞窟道を進むのは、霧生を含めた警官部隊だった。
「ありゃ、おかしいなぁ。こっちで合ってたと思ったんだけど」
先導する警官Aは、頭をかきながら、壁を見つめる。
そこには、ナイフで刻まれた左矢印。通った道のマーキング。
帰り道を確保しておくための手段であり、原始的な洞窟の攻略法だった。
「……はぁ。あんたに任せた俺が馬鹿だったよ。しばらく引っ込んでてくれる?」
自信があるというから任せてみれば、この有様。
最初から自分でやっておけば良かった、と後悔しそうになった頃。
「……っ!?」
突如、岩が崩れたような音がし、地面が大きく揺れる。
そこまで、遠くない距離。音をたどれば目的地につくかもしれない。
「ここは、本官が」
同じことを考えたのか、次は警官Bが名乗りを上げる。
任せたくはなかったが、餅は餅屋。
警官Aはともかく、こと捜索に関しては一日の長があるだろう。
「じゃあ、しくよろ――」
「私が先導します。ついてきてください」
と任せようとした時、出てきたのは、警官C。
長い紫髪を後ろで編んだ女性。腰には刀を帯びている。
「刀……? いや、おい、ちょっと」
考える暇もなく、警官Cが一方的に先導し、後を追う形となった。




