第52話 みやびフェス東京⑥
東京都。千代田区。上空。天気は大雨。
真下には、高層ビルが立ち並ぶ、夜の東京が広がっている。
「……さて、これでお手掛かりはなし。どうしましょうか」
雨の中、翼を羽ばたかるのは、純白の鎧を纏うユリア。
最後まで口を割らなかった相手を哀れに思いつつ、途方に暮れる。
「闇雲に探すより、パトロンにお伺いを立てる方がお利巧かしら」
すぐさま考えを切り替えたユリアは、次なる目的地へと向かった。
◇◇◇
江戸城本丸跡地下。ライブフェスは雨で一時中止。
ライバーとスタッフの大半は現在、地上に出向いていた。
静かになった洞窟の片隅には、イヤホンを取りつけたアザミの姿。
「……ふぅ」
曲が終わり、まず出たのは深い吐息だった。
夢中になりすぎて、呼吸するのを忘れたせいだ。
(あの時の比じゃない……。歌詞が曲に溶け込んでいるのが分かる)
イヤホンを外し、冷静にその完成度を受け止める。
聞いたのは歌声のない、曲だけ収録されたインスト版。
普通は、歌詞と歌声を通して、初めて完成度が分かるもの。
だけど、これは違う。歌声がなくても直感的に理解できてしまう。
(頭から離れないメロディ。感情を掻き立てられるようなサビ。歌詞の余白を埋めるような、アレンジとサウンド。他の曲と比較して優れているとか、そんな次元じゃない。個人が追及できる最高到達点。……『至高の楽曲』だ)
渡されたのは、これ以上ないバトン。
それを受け取った以上、とちるわけにはいかない。
再び、音楽の世界に入り込むため、イヤホンをつけようとした時。
「忙しそうなとこ、ごめん。ちょっとだけいいかな?」
そこに問いかけてくるのは、桃瀬桃子。
出番は終わり、ピンクのワンピースに着替えている。
「……な、なんですか?」
普段なら本番前は絶対に声をかけてこない。
たぶん、それほど大事な用事、なのかもしれない。
嫌な予感がしたけど、深く考えないようにして、手を止めた。
「東京であーしらを支援してくれてたのは白教っていう宗教団体なんだよね?」
聞かれたのは、単なる事実確認。
生前ナナコさんが裏で、根回しをしてくれた結果の支援。
「は、はい、そうですけど?」
大した質問じゃなくてよかった。
内心ほっとしつつ、事実を認め、聞き返す。
「だったらさ、なんで薊は、支援者がいる白教大聖堂の地下に捕まってたわけ?」
しかし、返ってきたのは、寒気がするような質問。
ライブのことに夢中で、そんなこと考えてすらなかった。
「……そ、それは」
確かにおかしい。支援者が監禁の片棒を担いでいたことになる。
それに、そういえば、聖堂に出入りしてからキクに言われたことがあった。
『あのユリアっていう女に、ライブの内情は話さない方がいい』
どういう意図で言ったのかは分からない。
ただ、今まで色々あったし、ユリアにはライブの内情を話さなかった。
「間違いなくあのシスター、裏切り者だよ。今、聖堂の方はどうなってるの?」
血の気が引いていくのを感じる。
もしかしたら、まだ、あそこには――。
「……っ」
リンカーは、拷問を受けた衝撃で故障中。
すぐさま、借りたジェノの携帯からアドレス帳を開いた。
◇◇◇
東京都。千代田区。東京メトロ東西線。竹橋駅ホーム。
電車から降りてきたのは、青い制服姿の少年と黒スーツの女性。
白教大聖堂での戦いを終え、ライブ会場に向かう途中のジェノとラウラだった。
「……は? 聖堂にシスターなんかいなかったぞ」
ラウラは携帯を耳に当て、電話をかけてきた相手、アザミに言い放つ。
『ほ、本当に、誰もいませんですか?』
「僕がそんなしょうもない嘘をつくわけないだろ」
意味がよく分からない質問に、正論をぶつける。
すると、口調が強すぎたのか、返ってきたのは深い沈黙だった。
『……あ、あの、ラウラさん。今から言う場所に向かってくれませんか?』
詫びの一言でも入れようかと思った時、アザミは重々しく話を切り出した。
◇◇◇
東京都。千代田区。レコーディングスタジオ前。
目の前には、三階建てのビルと傘を差す人だかり。
加えて、複数台のパトカーや救急車が駆けつけている。
「駄目駄目、関係者以外入っちゃだめだから」
黄色い規制線がビル周辺に貼られ、その手前で揉めるのは警官とラウラ。
雨の中、白いレインコートを着た警官はうっとうしそうに、対応してくる。
「ここで何があったんだ。聞いたら大人しく帰ってやる」
「何様だよ……ったく。隕石が落ちたらしい。負傷者がいないか調査中だ」
面倒な野次馬だとでも思われたのか、警官は素直に答える。
(隕石、か……)
妙な胸騒ぎがする。偶然にしてはタイミングが良過ぎる気がした。
「そうか。ごくろうさん。ここの関係者だから入らせてもらうぞ」
こんな不穏な状況を前にして、手ぶらで帰れるか。
サツと揉める覚悟を決めたラウラは規制線をくぐり、現場に入っていった。
◇◇◇
東京都。千代田区。竹橋駅ホームから続く地下通路。
通路はコンクリートで舗装され、横幅は三人分ほどのスペース。
天井には真新しい蛍光灯が等間隔に取り付けられ、辺りを照らしている。
「いやぁ、まさか本当に通路があるなんてな。はははっ」
先頭を歩く警官Aは、調子のいい笑い声をこぼしている。
「……LEDって、比較的最近作られたってわけね」
辺りを観察し、気づいたことをつぶやくのは霧生。
想像よりも真新しい設備に、警戒心は余計に上がっていった。
「本官が奥を見回りしてきましょうか」
そこに、警察官Bが声をかけてくる。
先頭はその三人。残りの警官数十人は後ろに控えている。
「やめといた方がいいよん。まだ死にたくないっしょ?」
ここが鬼の巣窟なら、侵入者は間違いなく殺される。
安易に偵察をさせるのが得策だとは、とても思えなかった。
「いえ、死ぬのは怖く――」
と、正義感の強い台詞を吐こうとした時。
懐の携帯が鳴り響く。電話の相手は、恐らく。
「死に急ぐのは、ちょい待って。――はい、もしもし」
止めるハンドジェスチャーを送りつつ、電話に出る。
『霧生か? 今、どこにいる』
すると、聞こえてきたのは、渋い声。
相手は案の定、内閣総理大臣、千葉一鉄だった。
「竹橋駅に隠し通路を見つけ直進中で、恐らく、奥にはヤツがいます」
『捜査は順調と、いったところか。……増援は必要か?』
「まぁ、そりゃあ欲しいですけど、今から寄越しても間に合いませんぜ?」
そこで通話は一方的に途切れる。
「切れた……。何をしでかすつもりなんです、総理……」
一抹の不安を覚えつつも、霧生は慎重に歩みを進めていった。




