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吃音症がVtuberで何が悪い!!!  作者: 木山碧人
第三章 大日本帝国

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第50話 みやびフェス東京④


 東京都。千代田区。レコーディングスタジオ。ミキシングルーム。


 密閉された空間には、様々な音響機器とそれを操作できるパソコンがある。


「……まだ、まだ足りない。これじゃあ、曲が歌詞に負けてる」


 目の前のモニターには、音楽編集ソフトの画面が表示されている。


 それを丸椅子に座り操作するのは、ヘッドフォンをつけた黒服のキクだった。


「もっとエッジの効いたギターサウンドが欲しい! もっとパンチの効いたベースラインを作れ! サビには、もっとエモーショナルなサウンドが必要だ! もっとドラムのビートを強化しろ! ……もっと、もっと、もっと!!」

 

 今までの経験を総動員して、作業にひたすら没頭する。


 残り時間は多くない。後ろに爆弾があるような感覚で手を動かし続けた。


「――」


 そこに轟音が鳴り響く。ビルの天井がぶち破られた音。


 純白の鎧を纏い、白と黒の翼を生やす、爆弾以上の存在が背後に現れる。


「……」


 しかし、キクはそれに気付かない。


 作業に没頭し、手を動かし続けている。


「お伺いしたいことがあるのだけれど、少しよろしい?」


 その鎧の中身――シスターユリアは問いかける。


 何事もなかったかのように。日常の一部であるかのように。


「……」


 キクはそれにも気付かない。


 ぶつぶつと改善点をつぶやき続けている。


「……あら、お聞こえになってない? お頼み方がなってなかったかしら」


 そこでユリアは、自らの白い翼に手をかけ、羽根を一本ちぎる。


 そのまま尖った羽根先を親指で挟み込み、ダーツのように狙いを定め。


「――」


 投げた。キクの頭へ一直線に向かい、羽根はヘッドセットの右耳部分に命中。


「千葉薊の居場所をお教えくださる? 素直な方にはお手荒な真似はしません」


 これで音は聞こえているはず。


 そう言わんばかりに、ユリアは本題を切り出した。


「……」


 キクはそれでも気付かない。


 改善を加えた曲に聞き入っている。


「お無視、ね。……だったら、お手荒にいきましょうか」


 ユリアは再び白い羽根を手に取り、手首のスナップをきかせ、投げる。


「……」


 矢のごとく放たれた羽根は、無防備なキクに迫り。


 さく、という音と共に、今度は右ふくらはぎに命中していた。


「お教えくださる気になりまして?」


 これで無視できるわけがない。


 そう言わんばかりに、ユリアは再び問う。


「……くそっ、こんなのじゃ駄目だ!!」


 しかし、返ってきたのは、机を強く叩きつける音。


 見るからに分かる無視。というより、まるで気付いていない。


「お眼中にない、と。……それなら、お気付きになるまで」


 ユリアは白い羽根三本を右手の各指に挟み込み、


「いたぶるとしましょう」


 次々と、投げる。投げる。投げる。


 命中したのは、左ふくらはぎ。右足首。左足首。


 羽根先が皮膚と血管を貫き、キクの足元には血が滴り落ちている。


「……違う。違う! こんなものじゃ観客は満足しない!」


 それなのにキクは動じない。


 ただ、曲の完成度を高めることしか頭にない。


「またお無視……。ただ、そのやせ我慢、どこまで続くかしら」


 次は両手の指に白い羽根を挟み込み、一斉に投げる。


 今度は先ほどの倍。六本の羽根が各指先から放たれている。


「……くっ」


 キクの顔色は歪み、うめくような声が漏れる。


 放たれた羽根は左上腕。左肩。背中を中心に全て命中。


 黒いスーツの内側から生じた血液により、赤く滲み出している。


「そろそろ、お観念なさったらどう?」


 声が聞こえている前提で、ユリアは再び問いかける。


 これで根をあげない馬鹿はいない。そう言わんばかりに。


「……諦めたら、楽になれる。妥協すれば、解決する」


「ええ。お仲間の命と引き換えに、あなただけはお助けしましょう」


 どちらも独りよがりな独り言。


 それなのに、奇跡的に会話は噛み合っていた。


「――いや、それなら、殺された方がマシだ。自ら命を絶った方がマシだ。ナイフで喉元を掻っ切った方がマシだ。喉元に銃口を突きつけられてぶっぱなされた方がマシだ。妥協して選んだ職場で働いて、頑張っても見返りがなくて、嫌気が差したから、姉貴の元に来たんだろ! これ以上やりがいのある仕事なんて他にない。これ以上見返りがある楽曲なんて他にない。死んでも、妥協なんてできるか!!!」


 そんなことはお構いなしに、キクは追い込む。


 自らを責め立て、精神をすり減らし、心を追い詰める。


 そして、負傷した腕を必死に動かし、止まっていた作業を再開する。


「……はぁ。お誤解、だったみたい」


 深いため息をつくユリアは、翼に手をかける。


 今度は、白ではなく黒。左肩にある黒い翼から羽根を一本取る。


「いける。いけるぞ、これなら……っ!!」


 痛みを感じないほどの、狂気的な追い込み。


 周囲の状況を視認できないほどの、驚異的な没頭。


 そのおかげか、曲の完成度は見るからに上がりつつあった。


「仏の顔もお三度まで。次であなたはお亡くなりになるけど、よろしい?」


 しかし、背後には、黒い羽根を親指で挟み、狙いを定めるユリア。


 次はない。そう言わんばかりに警告し、脅しでは済まない死が迫っていた。


「…………終わった。完成、だ。一刻も早く母さんに」


 その間に、キクは満足のいく完成にこぎつける。


 試聴をする間もなく、開いたのはメールフォーム。


 宛先を入力し、編曲が終わった楽曲を保存、添付する。


 ――あとはエンターキーを押すだけ。


「白は『既知』で、黒は『未知』。何が起こるかは、お楽しみ」


 再三にわたり、警告を無視し続けた罪。


 その罪を罰する黒い羽根が、今、投げられる。


「……ッ」


 命中。黒い羽根先がとらえたのは、首元。

 

 そこでようやく、キクは我に返り、後ろを振り向く。


「なに、が……」


 言葉に詰まり、表情は凍っていた。


 後ろにいた背中に翼を生やす鎧を見たせいだ。


「あなたはこれから、未知の現象に見舞われ、お自壊する。思い残したことは?」


 そして、その反応を見越していたかのように鎧は答える。


「……っ!? 俺にはまだ、やることが!!!」


 状況を理解し、すぐさま前を向き、エンターキーに右手を伸ばす。

 

「あ、あぁぁぁあぁ……っ!!!」


 しかし、右手はぐにゃりと変形し、ただれ落ちていく。


 正気を保てるわけがない。焼けるような痛みと共に声が漏れる。


 科学では到底説明できない現象。肉体がバターのように溶け始めていた。


「これは興味深い。バター化現象とでもお名付けしましょうか」


 そこに、薄ら笑いを浮かべていそうな、舐めた声が聞こえてくる。


(舐め、やがって……。あんなやつに負けて、たまるか)


 平静を保つため、キクは己を奮い立たせる。


 右腕が駄目なら、次は左腕だと、体に命令を送った。


「……ぎ、ぐぐ」

 

 だが、動かない。体が言うことをきかない。


 歯を食いしばって激痛を耐え、必死に動かそうとする。


(……届け。届け、届け、届け届け届け、届けっ!!)


 しかし、それでも届かない。今度は左手が溶け始めていた。


「お滑稽。わたくしの言うことを聞いていれば、助かったのに」


 そこに、見下してくるような、心底イラつく声が聞こえてくる。


(見下し、やがって……。神様にでも、なったつもりか)


 前に進むために、キクは怒りを湧き立たせる。


 両腕が駄目なら、次は体ごとだと、脳に命令を送った。

 

「……う、ぐぅっ!!」


 上半身はなんとか、机の上に乗っかれた。


 ただ、キーボードは奥に押され、遠のいていく。


 しかも、反動で下半身は溶け、裂けるような痛みが走った。


(脳が、あつい……。意識が、遠のきそうだ……)


 なぜ、生きているのか分からない状態。


 それでも体はまだ動いた。それでも頭はまだ働いた。


(まだ、まだだ……。死んでも、これだけはなんとしてでも!)


 上半身を動かし、少し前に進む。


「もうおやめになったら? お無駄もお無駄。大お無駄よ」


 独特な口調が妙に頭にくる。


(もう、少し、あと、少しだ……。この曲は、俺だけのものじゃない)


 それでも関係ない。無視して前に進む。

 

 ひたすらに、がむしゃらに少しでも前に進み続ける。


「どうせ、間に合わない。おバターみたいに溶けるだけ」


 それを馬鹿にするように、後ろにいる人物は罵ってくる。

 

 でも、声が聞こえるということは、まだ生きているということ。


(バトンを、バトンをつなぐんだ……。姉貴から、俺。俺から、母さんに……)


 もう痛みは感じない。目の前の景色が、歪んで見える。


 でも、あと少しのところで、もう少しのところでエンターキーが見えた。

 

「もう体の九割はお溶けに――」


 声はもう聞こえない。


「南無、三っ!!!!」

 

 最後の力を振り絞り、顎でエンターキーを叩く。


 画面には、送信中の文字が見え、次第にそれも歪んでいく。


(やった、ぞ……。かあ、さん、とお、さん。あとは……あと、は……)


 薄れゆく意識の中、キクは両親の顔を思い浮かべ、壮絶な死を遂げた。

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