第48話 みやびフェス東京②
東京都。千代田区。帝国武道館。参番ステージ。
屋根付きのスタジアム。八角形状に展開する座席は満員。
中央には特設ステージ。ステージ上では、バーチャルアイドルが歌って踊る。
「……実体のないアイドルに公職選挙法は関係ないってか」
熱狂するファンをよそに、冷めた目で見つめるのは金髪の男。
細身の白いシャツと、黒のスリムパンツを着た元衆議院議長――霧生卓郎。
『いいか、次の選挙は必ず勝てぇ。面倒なやつが来る』
総理の声が、頭にこだまする。
「分かってますよ、総理。映像の出所を押さえたら、こっちの勝ち、なんでね」
まだ何も終わってはいないし、まだ何も始まってもいない。
霧生は静かに席を立ち、携帯を取り出し、一本の電話をかけた。
◇◇◇
東京都。千代田区。白教大聖堂。至聖所。
正面にある絵画扉の奥。狭い空間の中には祭壇と白鳥。
金の燭台のろうそくには火が灯り、照らされるのは修道服の女性。
「……さて、お出番のようね」
軽く息を吹き、ろうそくの火を消すのはシスターユリア。
祭壇の中心に神々しく飾られる白鳥を手に取り、背を向ける。
「聖を以て邪を滅し、徳を以て怨みに報いる。
我、この理に殉じ、神罰の代行者とならん」
一羽の白鳥。それは、白教が所有する聖遺物。
異能の力を秘めた、動物型の物体。詠唱により、真の力を開放する。
「…………」
現れたのは全身を覆う白の鎧。背には白と黒の翼が備わっている。
意思の力による聖遺物との融合。
人の域から外れた存在は、雨が降りしきる大聖堂の外で、翼をはためかせた。
◇◇◇
東京都。千代田区。白教大聖堂。地下牢内。
「ジェノ、しゃがめ!」
ラウラの男勝りな声が響き、青藍色の爪が空を薙ぐ。
間髪入れず放たれた容赦ない一撃。ジェノはそれを屈んで避ける。
「――ちっ!」
悔しがるような声をあげたのは、一心。
その手には刀。振るわれかけた刃をラウラの爪が止めていた。
(気配にまるで気付けなかった……。ラウラがカバーしてくれなかったら今頃)
目の前の戦いで手一杯で、視野が狭くなっていた。
威勢よく言ったけど、やっぱりまだラウラには遠く及ばない。
(いや、それより――)
ただ、足りない実力を嘆くよりも、他にしないといけないことがあった。
「どうして、一心さんっ!」
気になるのは、刃を向けてきた相手。
広島と大阪を共に旅をした、かつての仲間のことだった。
「よそ見かい?」
でも、返ってくるのは、拳。
赤髪リーゼントの鬼が背後から放ったもの。
「このっ!」
単純な力比べは、小さい方が分が悪い。
そして、相手は2メートルは超えている。
普通なら相手にならない。― ―だけど。
「アンタ、小さい割にやるねぇ」
センスとセンス。黒と銀の光がぶつかり合う。
小さな拳は、一回り大きな拳と、確かに拮抗していた。
意思の力が強ければ、体格差は不利にならない。差は埋められる。
「説得する暇なんてねぇぞ!」
「分かってる、分かってるけど……」
背後からは剣戟音と、叱咤するラウラの声。
状況は理解できるけど、まだ諦めたくなかった。
「いいか、坊主。一つ、良いことを教えといてやろう」
そこに聞こえてきたのは、一心の声。
反応してくれるなら、まだ可能性があるのかもしれない。
「俺たちはただの囮だ。急がないと、取り返しのつかないことが起こるぞ」
しかし、返ってきたのは、敵対を余儀なくされる説明。
(戦うしか、ないのか……っ)
奥歯を噛みしめながら、ジェノは拳を弾き、目の前の敵に意識を割いた。
◇◇◇
東京都。千代田区。江戸城本丸跡。壱番ステージ地下。
洞窟のような丸い空洞。その中央には、四角い緑色のマット。
真上にあるステージに、歌と踊りをVtuberとして提供するための舞台。
「掴みはバッチリ、か。いい感じに社長の遺伝子引き継いでるね~」
一曲目が終わり、拳を突き出すのは桃色髪の小柄な鬼。桃瀬桃子。
全身黒のモーションキャプチャースーツを着ていて、次の出番は彼女。
「い、いえ、まだ遠く及びませんよ」
遠慮気味に拳を突き合わせるのは、同じスーツを着たアザミだった。
その周りには、スタッフやライバーたち。カメラや機材が所狭しと並んでいる。
「お見事」
「すごかったです!」
「社長の生き写しかと思いましたよ」
「神宮ちゃんがうちの事務所に来てくれてよかったー」
褒めてくれるのは、全員鬼。人は一人もいない。
これは、鬼を受け入れられる世界にするためのライブ。
現在進行形で夢が現実に進んでいる感じがして、気分がよかった。
「ま、まだ、油断はできません。き、気を引き締めていきましょう!」
だけど、ライブが終わるまで一切、気は抜けない。
絶対にやり遂げるんだ。参番ステージから一緒に成り上がった鬼たち共に。




