表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吃音症がVtuberで何が悪い!!!  作者: 木山碧人
第三章 大日本帝国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/72

第47話 みやびフェス東京①


 地下牢に空いた円形の穴。


 そこから、はしご型ロープが降りてくる。


 上には人影が見える。助かった。本当に助けに来てくれたんだ。


「なんとか、無事、みたいですね。早く上がってください!」


 声をかけてくるのは、ジェノ。


 その姿を見ていると胸が熱くなってくる。


 感謝を伝えて、土下座して、謝って、泣いてしまいたくなる。


「……あ、あの、携帯、貸して、ください!」


 でも、今はそれどころじゃない。他にするべきことがあった。


 鬼気迫る状況だと分かっていながら、アザミは必死で考えを伝えた。


 説明する暇があればよかったけど、今はそんな悠長な時間があるわけがない。


「え? はい、どうぞ」


 ジェノは戸惑いながらも、制服のポケットから携帯を差し出す。


 察しがよくて本当にありがたい。これなら、なんとかなりそう。


「――た、助かります!」


 すぐに受け取り、パシャリと床の血文字を撮り、メールを送る。


 何より優先すべきは、歌詞。それをキクに送り、編曲してもらうこと。


「フェスはもうすぐ開演です。急いでくださいね!」


 そこに、ちょうど聞きたかったことをジェノが教えてくれる。


 戦いはすでに始まっていて、閻衆と拳を何度も打ち合わせていた。


 ただ、もうこれで不安材料はない。後はステージに向かうだけだった。


「あ、後で、お礼は、必ず!」


 すぐさまロープに手と足をかけ、上ろうとする。


 そこに、逃走を阻もうとする一心の姿が見えた。


「させると、思うか!」


 そして、ロープに目掛け、刃を振るおうとしている。


(……ジェノさんは、赤鬼の人と戦って動けない。どうしよう)


 この体勢からじゃ、反撃は間に合わない。


 かといって、避けたら、ロープが切断されてしまう。


 ライブまで時間が迫ってるなら、ここはなんとしてでも逃げたかった。


(一度、降りて、戦うしか――)


 ただ、状況が状況。諦めて、ロープから降りようとした。その時。


「やらせるわけねぇだろ!」


 横から現れたラウラの両手が刃とかち合い、火花を散らす。


(素手で……っ!? 嘘……)


 白いセンスが纏われているのは見える。でも、刀と真っ向から張り合うなんて。


「いけ、早く!」


 そう考えていると、ある違和感に気付く。


(あれって……爪? どこからあんなものを……)

 

 彼女の得物なのか、両手には青藍色と翡翠色のかぎ爪。


 それを振り払い、迫りくる一心から引き離してくれていた。


「……」


 今は何も言わない。全ては終わってから。


 静かにこくりと頷いて、アザミはロープを駆け上がった。


 ――戦場に残されたのは二人。


「おい、ジェノ。背中は任せていいんだろうな」


 意気揚々と問いかけるのは、ラウラ。


 表情は明るく、にやりと口端は上がっていた。


 言葉の裏の意味をジェノなら伝わると知っているからだ。


「あの時の泣いてた『僕』じゃない。背中は『俺』に任せて」


 意気軒昂と返事するのは、ジェノ。


 言葉の裏の意味を知っている。分かっている。


 だからこそ、その表情はあの頃のように暗くなかった。


 なぜなら、これは雪辱戦。立ち位置が変わった、あの日のリフレイン。


「ふん。だったら、合わせろよ、優男!」


「そっちもちゃんと合わせてよね、暴力女!」


 互いの背中をしかと預け合い、始まった。二人の共闘が。


 ◇◇◇


 東京都。千代田区。レコーディングスタジオ。ミキシングルーム。


 モニター、キーボード、スピーカー、複数のボタンの並んだ機材がある。


「まだなのか……この日のために、俺は……」


 密閉された空間に、貧乏ゆすりの音がする。


 機材が並んだ広いデスクの前に座るのはキクだった。


 服装はいつもと変わらず、黒服にサングラスをかけている。


 手元には携帯。かかってくる予定の着信を今か今かと待っていた。


「……っっ」


 音が鳴る。ひょこんという小気味のいい着信音。


 迷惑メールでないことを祈りつつ、すぐさま確認していく。


「おいおいおい、これ……」


 ショッキングな映像。血文字で綴られた歌詞。

 

 それを食い入るよう見る。左から右へと目を動かす。


 内容を頭に叩き込む。出来上がった曲を頭でイメージする。


「いける……っ! いけるぞ、これなら!!」


 腕が鳴る。身震いしてしまうほどの出来。


 一番と二番の繋がりがどうこうの問題じゃない。


 実体験を元にしたリアル。人の芯に、魂に触れる歌詞。


「……負けて、られないな」


 腕をまくり、サウンド編集ソフトを開く。


 みやびフェスはもうじき始まる。公演時間は3時間。


 以前、アザミに申告した時間と同じ。失敗は許されていけない。


「待っててくれ、母さん。俺が必ず、歴史に残る名曲に仕上げてみせるから」


 ◇◇◇


 東京都。千代田区。江戸城本丸跡。壱番ステージ。


 そこは整えられた芝生や、樹々が適度に生い茂った公園。


 中央にある城の土台部分には、黒色のステージが特設されている。


 天気は大雨。それでも観客は満員。レインコートを着て、その時を待っていた。


「……17時。もうすぐだ」


 ざわざわと声が上げる中、一人の客が興奮気味に言った。


 しかし、その時は訪れない。1分経ち、5分経ち、15分経つ。


「……まさか、トラブルか?」


「嘘だろ。トラブルは雨だけにしてくれよ」


「壱番ステージにいくら払ったと思ってんだ。ライブ、舐めんな」


 痺れを切らした観客は、不満をあらわにする。


 あと、1分。いや、30秒もすれば、暴動が起きそうな空気。


「ふっ、ニワカどもが。みやびフェス広島の予習からやり直せ」


 そんな中、訳知り顔の客は一人、優越感に浸りながら語る。

 

 演出だと信じてやまない。トラブルだとは微塵も疑っていない。


 今までの積み重ねがあったからこそ信頼。鬼龍院みやびが作った道。


『し、臣民の皆さん。ま、まさか、痺れを切らしたわけじゃないですよね?』


 その築き上げた信頼を、作り上げた道を引き継ぐ者がいた。


 響くのは、鬼龍院みやびと同じ台詞。ただ、中身は同じではない。


 満を持してステージに現れたのは、黒の喪服を着た鬼龍院みやびの継承者。


 ――伊勢神宮だった。


「ほら、言ったことか」


「嘘だろ……どこから現れたんだ」


 したり顔を浮かべる客をよそに、どよめきが上がる。


 今回のライブには、黒色のステージ。その床に秘密があった。


『こ、今宵のわたしの晴れ姿。しかと、こ、心に刻み込んでください!!!』


 3Dホログラフィックディスプレイ。


 特殊な液晶から照射された光が立体映像を作り出す。


 その様子はディスプレイカメラを通し、生配信もされている。


 巨大モニターも、ホログラムスーツも必要ない、新たな3Dライブの形。


「姫殿下は今日も麗しい」

「姫殿下は今日も麗しい」

「姫殿下は今日も麗しい」

「姫殿下は今日も麗しい」

「姫殿下は今日も麗しい」


 かくして、みやびフェス東京は始まった。


 舞台裏にあった事件を誰一人として知らずに。


【伊勢神宮公式チャンネル +43万人 チャンネル登録者703万人】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ