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吃音症がVtuberで何が悪い!!!  作者: 木山碧人
第三章 大日本帝国

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第46話 拷問


 東京都、某所。地下牢内。


 希望となるリンカーは壊れてしまった。


 あれからどれだけの時間が経ったのか、もう分からない。


「脇をもっと閉めろ!」


 一心の怒鳴り声が地下牢内に響く。

 

 同時に彼の持つ杖が脇腹を叩き、鈍い音が鳴った。


「……うっ」


 手に持つ竹刀が地面に落ちる。


 心が痛い。体が震える。トラウマが蘇る。


 苦しい日々の再来。厳しかった幼少期時代のリフレイン。


「……」


 鉄格子の外には、閻衆という赤いリーゼントをした鬼。


 ガタイのいい体には、ピッタリとした黒いスーツを着ている。


 こちらが一方的になぶられる光景を、濁った赤い瞳で見つめていた。


「何をしている! 早く拾って続きをやれ!」


 杖で手首を叩かれ、言われるがまま、竹刀を拾う。

 

 この行為に意味があるのか分からない。意味なんてないのかもしれない。


(拾わ、ないと)


 それでも、竹刀を中段に構え、右足を前に左足を後ろにして立つ。


「……」


 行うのは、剣道の基礎中の基礎。上下素振り。


 大きく振りかぶって、膝下の高さまで振り下ろす動作。


「左足の引き付けが遅い!」


 脇の次は、足。ふくらはぎを叩かれる。


 何も間違ったことは言ってない。ただの正論。


 基礎は基礎だけど、精度を上げようと思えば奥が深い。


(……まだ、重心移動が甘い。もう少し早く)


 没頭する。ひたすらに素振りに没頭する。


 そうしないと精神を保てない。正気でいられない。


 この行為を奪われたら、心が簡単に壊れてしまうような気がした。


「――もういい。素振りをやめさせろ」


 それなのに、見計らったかのようなタイミングで、閻衆が口を挟んでくる。


「はぁ!? ふざけるな! こんなのものじゃ到底――」


 あの程度では物足りないのか、一心は抗議している。


 この時ばかりは、意見は同じだった。これ以外にすることがない。


 狭い空間の中で、何かに没頭できる、せめてもの憩いを奪わないでほしかった。


「アンタの目的は、千葉家の跡目が欲しい。だったよな?」


 すると、閻衆はお構いなく口を挟む。


 一心の顔色が変わる。どうやら、本当らしい。


(跡目を継げないから、わたしに八つ当たりしてる?)


 ここに来てようやく、彼が抱える問題と目的が見えてくる。


「……だったら、なんだ」


 一心は乗り気になり、素直に話を聞いてる。


(なんでだろう……。寒気がする)

 

 体はなぜか勝手にぶるぶると震え出す。


 これから、もっとひどいことが起こる。そんな予感がした。


「こいつにアンタの子供を産ませれば、それ。可能じゃないかい?」


 その一言に、空気が凍った。


 可能かどうかは、正直どうでもいい。


(子供って、まさか……っ)


 問題は、子供ができるまでの行為のことだった。


「なぜ、思いつかなかったんだ……」

 

 ぞくっと、鳥肌が立つ。


 獣のように飢えた目を見たからだ。


「ま、まってください。他に、方法は、いくらでも……」


 考えるだけでも吐き気がする。


 ただでさえ男性恐怖症なのに、できるわけがない。


「お前が致せ。俺は、女性を無理やり組する趣味はない」


 拒否しようとするも、返ってきたのは、さらにひどい要求だった。


「……ッ!」


 体は反射的に、竹刀を握り、中段に構える。


 それが今取れる行動の中で、一番合理的な判断だった。


「――」


 すかさず、一心は杖を振るい、手首を叩かれ、竹刀が落ちる。


(力が、出ない……)


 まともな握力もないし、センスもまるで出せない。


 精神的に不安定な状態で、万全の相手に敵うはずがなかった。


「もう一度言う、致せ!」


 落ちた竹刀を足で踏みつけ、一心は再び要求する。


 もう逃げられない。ライブも間に合わない。歌詞も浮かばない。


(……全部、諦めたら、楽になれるのかな)


 度重なる不幸に、心はとっくに限界を迎えていた。


 あるのは苦しくて楽な道。子供ができれば暴力は振るわれない。


(でも、せめて……せめて、あの曲だけは完成させたかった)


 ただ、頭によぎるのは唯一の心残り。


 どうしても、諦めきれないことだった。


「何をしている、早くしろ!」


 その逡巡の中、襲い掛かるのは、杖。


 杖の角がこめかみに当たり、鋭い痛みが走る。


「……ッ」


 額から血がぽとりと落ちる。皮膚が軽く裂けてしまったせいだ。


(なんで、なんで、こんなにも全部上手くいかないの……)


 心臓が激しく脈打ち、息苦しくなってきた。


 時間が止まったかのように感じ、周りがぼやけて見える。


 ストレスはピーク。精神は崩壊寸前の状態。どう転んでも未来はない。


 ――それなのに。


(せめて、歌詞を。二番の歌詞を書かないと……)


 頭が異様なほどクリアになる。


 今ならできる。なんとかやれる。完成できる。


 根拠のない自信が、言いようのない全能感が体を支配する。


 何かに取りつかれたように、アザミは床に落ちた血を指でなぞり始めた。


「お前、何を……」


 周りの音が消える。余計なものはいらない。


 二番の歌詞を完成させる。それだけを考えればいい。

 

 緩やかに、でも、着実に、アザミは歌詞を地面に綴っていく。


(血が、足りない……)


 肌色のタイルに、かすれていく血文字。


 引き伸ばそうとしても、それ以上伸びなかった。


「気色が悪い。今すぐその行為をやめろ!!」


 視界がぶれる。血が飛び散る。


(ちょうど、いい……これで続きが書ける)


 痛みなんて感じない。あるのは使命感。ただ、それだけ。


「こいつ! やめろと、言って、いるだろ!!」


 腕に、腰に、首に、衝撃が走る。


 アザミはそれでも、歌詞を書き続ける。


(死ぬよりもつらいことなんてないと思ってた。だけど、ある。ナナコさんに託された歌詞を完成させられないこと。それは、男性恐怖症のわたしが、子供を自分の意思で孕みにいくより、きっともっとつらいこと。だから、だからっ!!!)


 死が間近に迫ってきているのを肌で感じる。


 限界ギリギリの極限状態。生きるか死ぬかの瀬戸際。


 だからこそ、浮かぶものがある。だからこそ、感じ取れるものがある。


「なかなかタフな嬢さんのようだ。……ここはオレがやる。どいてろ」


 アザミは気づかない。最大の脅威が近くに迫っていることを。


 大柄の鬼が、拳を握りしめ、無防備なアザミの体を狙っていることを。


(もう少し、もう少し……)


 無我夢中に、指を動かし続ける。


 先が見える。道筋が見える。完成が見える。


 終わりに向かって、ただひたすらに、アザミは進み続ける。


「お、おわった」


「終わりにしてやる」


 完成する。視野が広がる。状況を理解する。


 目の前には大きい拳。どうあがいても避けきれない。


 拳には黒い意思が込められ、まともに受ければ、きっと助からない。


(防御。……駄目、間に合わない。このままじゃ、死んじゃう)


 歌詞を完成させられた解放感はあった。


 だけど、死んだら意味がない。誰の目にも届かない。


 嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ。


(でも、もし。もしも、ジェノさんが間に合ってくれれば、わたしは……)


 リンカーで捕まった状況と、間取りは伝えた。


 だから、颯爽と駆けつけ、王子様みたいに助けてくれる。


 なんて馬鹿みたいな妄想が頭に浮かぶ。そんなの起こるわけがないのに。


「間に合えっ!!!」


「早くしろ、早く!!!」


 しかし、その時。聞こえてくるのは男女の声。


 天井には、赤い閃光が円状に走り、穴が開く。


 そこから降りてきたのは、見覚えのある二人。


 青い制服を着た少年と、黒スーツを着た女性。


「…………う、そ」


 こぼれるのは情けない声と、涙の粒。


 見えるのは、銀色と白色の光。二人分のセンス。


 ――そして。


「無事ですか、アザミさん!」


「なんとか間に合ったみてぇだな」


 目の前にいるのは、心強い二人の仲間。


 ジェノとラウラが振るわれた拳を手で受け止めていた。

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