第43話 ライブ前日
東京都。千代田区。レコーディングスタジオ。
そこは編集用と録音用。二つの部屋に分割されている。
音響機器が多数揃う編集用のミキシングルームには、黒服姿のキク。
防音ガラスを隔てた先にある、録音ブースには、白黒の袴を着たアザミがいた。
『――収録は以上だ。上がっていいぞ』
頭につけたヘッドフォンから、キクの声が響く。
(終わり、なんだよね……)
釈然としないまま、アザミはヘッドフォンに手をかける。
「……」
でも、手が止まる。
目に入るのは、録音用のマイク。
それは、彼がつけるイヤホンにも通じている。
「……あ、あの、これで、いいんでしょうか」
そこにアザミは不安な胸中をそのまま声に乗せる。
鬼龍院みやびの残した詞の続きを書き、キクが作曲した一曲。
ひとまず完成はした。だけど、正直言って、満足のいく出来じゃなかった。
『60点ってところだろうな。一番と二番の歌詞が噛み合っていないせいで、心にすっと入ってこない。メロディにテンポとアレンジを加えれば一体感のある曲にはなるが、歌詞の意味が通らなければ、どれだけいじっても80点止まりだ』
返ってきたのは、正論。厳しい意見。
遠回しに言ってくれてるけど、ようは実力不足。
薄々分かっていたけど、面と向かって言われると辛いものがあった。
「……い、今からでも、歌詞を書き直して」
ただ、辛いからといって、諦めていいわけじゃない。
実力が釣り合っていないなら、実力が釣り合うまで頑張りたかった。
『大衆が求めているのは、完璧で非の打ち所がない楽曲じゃない。亡き友の歌詞を引き継いで完成させたというストーリーだ。それを披露できる最高の舞台が整っている以上、質にこだわる必要はないと思うが』
返ってくるのは、またもや正論。
観客の気持ちを優先して考えた上での意見。
質にこだわりすぎるのは、作り手側のエゴなのかもしれない。
「ギリギリまで粘ったとして、どれぐらいで編曲できますか?」
だけど、簡単に妥協したくない。これは自分だけの曲じゃないから。
『……4時間。いや、3時間だな』
反対されるかと思ったけど、キクは素直に答えてくれる。
「じゃ、じゃあ、それで、お願いします」
返事を待つ時間すら惜しい。すぐに歌詞を書き直さないと。
心の中で彼に感謝しつつ、アザミは発想を得るために外へ飛び出した。
◇◇◇
東京都。千代田区。国会議事堂前。天気は雨。
夜の並木道が続き、右手にはライトアップされた国会議事堂。
メモ帳とペンを片手に、ビニール傘を差し、アザミは歌詞を書き殴っていた。
「……違う。こんなのじゃ駄目」
浮かばない。何も浮かんでこない。
釣り合わない歌詞が書かれた紙を破り捨てる。
「正直、不安しかないけど、せめて、晴れるといいなぁ」
ライブは明日の夕方が本番。雨でも決行する予定。
ただ、雨がひどくなれば最悪中止になる可能性もあった。
「……?」
すると、視界の端には、青いレインコートを着た人。
車道を突っ切って、こちらに走ってくる。腰には、一振りの刀。
(滅葬志士……っ!!)
背後から襲われなくて良かった。
そう思いつつ、傘とメモ帳を捨て、腰に刀を握る。
「――北辰流【不知火】」
「――北辰流【不知火】」
足払いからの、鞘払い。
足払いからの、胴薙ぎ。
同じ型。同じ技。同じ流派。
甲高い音を奏で、鞘と刀は鍔迫り合う。
「……あ、あなたは」
レインコートのフードがめくれる。
見えたのは、坊主頭の青い制服を着た男性。
「ここでお前を殺してやる。千葉、薊ぃ!!!」
風雲椿城を一緒に攻略した、千葉一心と名乗った人だった。




