第41話 吃音症がVtuberで何が悪い!!!
東京都。渋谷区。THK放送センター。政見放送スタジオ。
「も、もう一度、放送を、お願いできませんか」
逃げた事情を説明し、アザミは必死で頭を下げる。
775のため、ツバキのため、そして、自分自身のために。
「とはいっても、こっちも面子ってもんがありますからねぇ」
対する相手は、THKの若手男性ディレクター。
ウェーブがかった茶髪に、スタイリッシュな丸眼鏡。
服装はネクタイのない、カジュアルな紺のスーツを着ている。
「つ、次、逃げたら、一生、出禁でも、い、いいです!」
反対されようが、とにかく頼み込む。
今できるのは、それぐらいしかなかった。
「……まぁ、生放送だって伝わってなかったみたいですし、今回だけですよ」
それが功を奏したのか、彼は頭をかきながら、了承してくれる。
「あ、ありがとう、ございます!!」
何とか整った、汚名を挽回できる舞台。
次の機会はきっとない。間違いなくここが正念場。
心地いい緊張感と共に、アザミは前を向き、配信は始まった。
◇◇◇
「さ、さっきは、に、逃げてしまって、ごめんなさい」
まずは謝罪。失った信用を取り戻すためには、必要不可欠な行為。
ただ、それ以上に、反省していることを言葉と態度で伝えることが大事だった。
:謝罪できて偉い
:普通に見損なったわ
:謝ったら何でも許されると思ってるガキが
:社会出たことないんだろうなぁ、こういうやつって
:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
謝ったとはいえ、圧倒的にアンチコメントが多い。
その中には、普段配信を見てくれている人もちらほら見えた。
予想通りの反応だった。やっぱり謝罪するだけじゃ足りない。許してもらえない。
「み、皆さんに、は、話しておかないと、いけないことがあります」
――だから。
:どうせ虚言
:言い訳タイムきたぁ
:信者が脳死でかばうだけ
:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
「わ、わたしは、一度、さ、殺人罪で、し、死刑になった、死刑囚です」
全国民に腹を割って話す。
批判されるのは覚悟の上で決めたことだった。
:は?
:嘘だろ、おい……
:いやいや、さすがに冗談では?
:ちょ、あのコメントまじだったのかよ
コメント欄は騒然。おかげで、アンチコメントはなくなった。
正面のカメラマンの顔は引きつり、奥のディレクターは慌てていた。
ただ、このままじゃ配信を続けることはできない。そうなる前に、先手を打つ。
「こ、これは、あくまで、バーチャル世界の話、です」
あくまでエンタメ。仮想空間上の話だと思い込ませる。
:なーんだ嘘か
:釣られてるやつ馬鹿丸出しでワロタ
:いや、分かってたけど?
:配信分かってるな
:バーチャルジョークいいねぇ
:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
コメント欄はある程度落ち着き、ディレクターは安堵していた。
ここからが本番。仮想の話だと前置きを挟めば、なんでも話すことができる。
「さ、さっき、逃げたのは、じ、事実を指摘されて怖くなったんです。また、し、死刑にされるんじゃないか、こ、絞首台に上がらないといけないんじゃないかって。で、でも、そうなったとしても、わたしには、やるべきことが、あります!」
:なるほど、政治的パフォーマンスだったのか
:逃げたのは興味を引かせるための演技……
:今日の脚本家だれ? やるやんけ
:V豚どもよく聞け。投票するかどうかは動機が一番重要だぞ
:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
:連投うぜぇな
コメント欄の空気は支配しつつある。
次は、政治家にとって推されるかが決まる一番大事な動機。
「と、特定外来種『鬼』のための、憲法9条改正です」
まずは結論から。ここから説明と理由を付け加える。
:憲法9条ってどんな内容?
:特定外来種に対する武力の行使を認め、一切の権利主張を認めない条文な
:骸人っていう、昔、帝国を支配した外来種のせいでできた法律だ
:もっと簡単に言ってくれ
:人外には人権ないよ~ってことや
:言い伝えによれば、鬼は骸人を倒した存在らしいぞ
:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
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:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
優秀な視聴者が補足してくれる。
説明する予定だったけど、はしょってもよさそうだ。
「わ、わたしの大切な友人、鬼龍院みやびさんは『鬼』でした。そ、そのせいで、彼女には人権がなく、バーチャル帝国では、つ、常に命を狙われていました。そ、その心労がたたって、な、亡くなった、といっても、過言ではありません」
これは嘘じゃない。彼女が病を発症した原因は、ストレスの影響が大きい。
:殿下;;
:惜しい人を亡くしたよ、ほんと
:これ、ほんとにフィクションなのか?
:どこまでが事実で、どこまでが嘘なんだ……
:コメントは削除されました
:コメントは削除されました
:コメントは削除されました
コメント欄は、しんみりとした空気。
アンチコメントはTHK側が対応したのか削除されている。
「だ、だからこそ、わたしは、そんな世の中を変えたい。みやびさんのような、ぜ、善意ある鬼の居場所を作りたいと思い、立ち上がりました。り、理想を実現するには、か、課題が山積みですが、な、亡き友のためにも、最後までやり抜く自信があります! ですから、どうか、伊勢神宮に、清き一票をお願いします!」
噛み噛みだったけど、なんとか言い切れた。
後は見ている人がどう感じたか。そこにかかってる。
期待半分、不安半分でカメラの横にあるモニターをチェックする。
:吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ吃音症はVやめろ
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そこには、見たかった反応はなかった。
ツールでも使ったのか、連投の荒らしが復活している。
(なんか嫌だな、これ……)
一生懸命やってるのに、茶化されてるみたいで腹が立つ。
もやっとした気持ちが、どんどん心の中で膨れ上がっていく。
アンチコメントも一つの意見。普段は極力受け入れるようにしてた。
――だけど、これは度が過ぎている。
「吃音症がVtuberで何が悪い!!! い、嫌なら、見るな!!!!」
アザミは感情のままにアンチコメントをずばっと切り捨てる。
しんとスタジオ内は静まり返り、放送事故。と思われるような空気。
それでもいい。相手にしてるのは、ディレクターでもカメラマンでもない。
:伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高!
:伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高!
:伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高!
:伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高!
:伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高! 伊勢神宮最高!
その痛快な返しにより、批判は賞賛に変わり、政見放送は大成功で幕を閉じた。
【伊勢神宮公式チャンネル +74万人 チャンネル登録者数660万人】