第39話【前代未聞】Vtuberによる政見放送【伝説】
東京都。渋谷区。THK放送センター。政見放送スタジオ。
背後に緑色の壁がある空間に机と椅子に、スタンドマイクがある。
そして、『伊勢神宮』と書かれた卓上プレートが机に置かれ、準備は万端。
『本番まで3、2――』
カメラを持つカメラマンが指を立てながらカウントを取り、本番が始まる。
「こ、こん神宮~。な、775プロダクション所属、い、伊勢神宮です」
手を振るアザミが着るのは、全身黒のモーションキャプチャースーツ。
今頃、手を振る『伊勢神宮』として、放送を見ている人に伝わっているはず。
(まさか、初お披露目が政見放送になるなんて……)
775に所属してから、急ピッチで仕上げてもらった3Dモデル。
ライブ前の告知で使おうと思っていたのに、予定外も予定外だった。
「わ、わたしは――」
昨晩、頑張って考えて、暗記した台詞を朗読しようとする。
でも、視界の端に見えたのは、一つのモニター。見覚えのあるコメント欄。
:絵が喋んなよ
:きっしょ
:3Dお披露目きた!!
:まさか、ここでやるのかよ
:あぁ、立体感のある御神体を見れて、心より感謝します
(……これ、生配信されてるの?)
時間がなかったせいで、詳しい打ち合わせはできなかった。
ただ、政見放送という名前だから、録画して流すものばかりと思っていた。
(どうしよう……次、何を話したらいいんだっけ)
そのせいで、頭の中は真っ白。緊張はピークとなっていた。
「あ、あの、え、え、えっと」
なんとか、挽回しようとするも、吃音がひどくなる。
:吃音症がVやるとかwwww
:どもりひどすぎだろこいつ
:これで立候補したってまじかよ
:衆議院選挙を舐めないでいただきたい
悪化するアンチコメント。とにかく今は、仕切り直さないと。
「すぅ、ふぅ……。す、すみません、か、かなり緊張してます」
深く深呼吸して、素直に感じたことを伝える。
:生放送だしな
:無理しないでね
:頑張れて偉い
:うんうん
:うんうん
:こいつら頭ハッピーセットかよ
:V豚きもすぎワロタ
まだアンチコメントはあったけど、比較的落ち着いていく。
そのおかげか、ほんの少しだけ、緊張がほぐれてきた気がした。
(良かった……。これならなんとかなる、かも)
気を取り直して、一夜漬けで考えてきた台詞を思い出す。
政見放送は、なぜ政治家になりたいのか。それを伝える場所。
「ま、まず、わ、わたしが、せ、選挙に出馬した理由を――」
考えをシンプルにして、動機を伝えようとする。
:こいつ、殺人犯らしいぞ
そこで目に入ったのはたった一つのコメント。
さっきみたいに無視すればいい。そのまま続ければいい。
「り、りゆ、うは」
でも、苦しい。息が詰まる。言葉が出てこない。
(偶然、だよね……。そうに決まってる)
そう心の中で言い聞かせ、崩れ始めた精神を立て直そうとする。
:本名は千葉薊。港神社で起きた惨殺事件で一度死刑になったやつっぽい
心臓が一瞬止まったみたいだった。
冷や汗が全身から溢れ、震えが止まらなくなる。
身バレ。それは、Vtuberが一番避けなくてはいけないこと。
(……なんで。なんでバレたの。誰にも正体を話してないのに!)
こんなの憶測でもなんでもない。ただの事実。
考えたくないけど、身内から情報が漏れた以外考えられない。
(いったい、誰が……)
政見放送中であることを忘れ、頭の中は犯人捜しで夢中になっていく。
『同じ区に出馬する霧生という男とは、関わるな。元暴露系Youtuberじゃ』
思い出すのは、臥龍岡県知事の言葉。
それで繋がった。それで全て納得できてしまった。
「……あ、あぁ。あぁぁ……あぁぁあぁあああああああああああああっ!!!」
そこから先のことは覚えてない。
ただ、心の中でぽきっと何かが折れる音がした。
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