第38話 相談
白教大聖堂。地下一階。霊廟。
目の前には、棺が収納される三段作りの棚。
その中段に腰かけるのは、桃色髪の小柄な鬼。桃瀬桃子。
白とピンクのボーダー柄のパジャマを着ていて、血液パックをすすっている。
「ライブか選挙。どちらかしか選べない、か。……薊はどうしたいのさ」
桃子に問われるのは、二択。
聞かれるまでもなく答えは決まっていた。
「ど、どっちも、やりたい、です」
アザミは思ったことを素直に答える。
すると、彼女は呆れたような表情を作っていた。
「やれたら理想だけど、やれないのが現実なんでしょぉ。妥協案を考えなきゃ」
昼間に霧生と会った件の相談。
それは早くも難航しそうな雲行きだった。
(……妥協、か)
どちらかを選ばないと状況なのは分かるし、正論だと思う。
だけど、どちらも疎かにしたくない。すぐには決断できなかった。
「はぁ……。ちょい話題を変えようか。新曲の進捗はどうなの?」
すると、桃子は話を整理するためか話題を変更していく。
「……うっ」
頭がずきんとして、心も痛いし、耳も痛かった。
新曲とは、鬼龍院みやびに託された詞を完成させること。
それを次のみやびフェスの最後に披露し、締めくくると決めていた。
――だけど。
「あーその反応。さては全然だな」
今ので見抜かれてしまったみたいだ。
正直なところ、まったくと言っていいほど進んでいない。
「お、おっしゃる通りです……はい……」
隠しても意味がない。今は事実を認めるしかなかった。
「じゃあ、ライブは諦める?」
すると、次に問われたのは、ライブを諦めるかどうか。
新曲が完成しないなら、諦めた方がいい。暗にそう言われているようだった。
「……」
首を横に振る。まだフェスまで時間はある。
できる可能性が少しでもあるなら、諦めたくはない。
それにあの詞は、ナナコの遺産。絶対に埋もれさせたくなかった。
「じゃあ、選挙は諦める?」
そんな我がままな回答に対し、桃子は再び問いかけてくる。
新曲をどうにかしても、ライブを行えば、公職選挙法で捕まる。
捕まったら選挙には出られない。鬼の暗い未来は変わらないままだ。
「……」
再度、首を横に振る。
選挙に出て、憲法を改正する。
改正して、鬼の暗い未来を、明るくする。
そのためにここまできた。ナナコに願いを託された。
どちらか選べと言われても、どちらも簡単に諦められるわけがなかった。
(反対、されるんだろうな……。妥協案を考えろってさっき言ってたし……)
ただ、桃子はどちらかを選ばそうとしている。
こんな我がままな意見が、通っていいわけがなかった。
「答え出てるじゃん。両方やっちゃいなよ」
しかし、返ってきたのは、反対ではなく賛成する声だった。
「い、いいんですか?」
「だって、あーしらはVtuberっしょ? 実体がないんだから捕まるわけないって」
公職選挙法では、公共施設以外での選挙活動は禁止。
フェスの会場は公共施設じゃない。だから捕まる可能性がある。
でも、それは実体のある人間に限った話。実体のないVtuberには適用されない。
「……そ、それなら、いける、かもしれません」
その一言に、曇った思考が晴れ、頭の中に可能性が広がっていく。
この考え方を取っ掛かりにして、ライブの設営に色々と工夫をすれば。
「――」
考えを飛躍させようとした時、携帯のバイブ音が響く。
反射的に懐から携帯を取り出すと、知らない番号から着信がきていた。
「出たら? 話はもう終わったっしょ?」
桃子の顔をちらりと見るが、すぐに答えが返ってくる。
アザミはこくりと無言で頷き、緊張した面持ちで、通話ボタンを押した。
『千代田区の立候補者、伊勢神宮さんの携帯でお間違いありませんか?』
聞こえてくるのは、丁寧な対応をする女性の声。
活舌が良く、耳障りがよくて、自分とは正反対のタイプだった。
(まさか、霧生って人の刺客……?)
現状、一番高い可能性が頭に浮かんでくる。
「ど、どちら様ですか?」
とっさに返事をしながら、スピーカーボタンを押す。
念のため、桃子にも通話の内容を聞いてもらうためだ。
『帝国放送協会。THKのものです。明日の政見放送についてご案内を――』
そうして、聞こえてきたのは予想外の相手。
「「せ、政見放送っ!?」」
選挙にまつわる予期せぬ仕事が舞い込んできていた。




