第37話 宣戦布告
東京都。千代田区。古風な喫茶店。
席はカウンターのみで、他にお客は見当たらない。
従業員は一人。白髪混じりの黒髪に、温厚そうな老年の店員のみ。
「率直に聞くけどさ、憲法9条改正狙いってのは、マジなん?」
テーブルには二つのアイスコーヒー。
隣に座る霧生は、単刀直入に尋ねてくる。
関西弁と標準語が混じった変な喋り方だった。
だけど、その言葉のおかげで、彼の狙いが見えてきた。
――敵情視察。
前みたいに、何かをネタに脅される可能性もなくはない。
「……い、いけませんか?」
でも、相手は政治家を目指す人。
ヤクザみたいなことは恐らくしないはず。
ひとまず、話に乗ってみて、様子を見ることにした。
「へぇ、マジなんだ。鬼を味方につけて、国家転覆でもすんの?」
思ったより、詳しい。というより、情報が筒抜けの状態だった。
憲法9条は、特定外来種に対する武力の行使を認め、権利主張を認めない条文。
(鬼のための憲法改正なんて、身内以外に話してないのに……)
選挙をやる以上、早いか遅いかの違いではあった。
だけど、早すぎる。考えたくないけど、身内に裏切り者がいるのかもしれない。
「……い、言えません。暴露系の、人には」
不安からか、思わず余計なことを口走ってしまう。
そのせいで、空気が一瞬止まり、彼の表情は固まっている。
「――」
何を思ったのか、霧生はアイスコーヒーをぐびっと一気飲みする。
「俺のこと知ってんだ。……だったらさ、選挙諦めてくんね?」
そして、何事もなかったかのように、本題を切り出した。
「……い、嫌です。言われて、す、すぐ諦めると、思いますか?」
ヤクザと比べたら、大した障害じゃない。
どうせ、暴露系で揺すってくるつもりなんだろう。
「あっそ。つまり、ライブより選挙を優先するってわけね、了解」
「……え?」
「立候補者がライブで選挙活動するのは公職選挙法違反。どっちもは無理だから」
しかし、霧生は暴露系でくると思いきや、別の角度から攻めてくる。
もし、事実なら、ライブか選挙。どちらかを選ばないといけないかもしれない。
「……や、破ったら?」
「現行犯逮捕。ライブも選挙も俺が潰すんで、しくよろ」
警察を配備させ、その場で取り締まらせるつもりなんだ。
軽い気持ちでついてきてしまったのは、失敗だったかもしれない。
「マスター、お会計。まとめてね。領収書も切っといて」
そんな不安な胸中のまま、霧生は会計を済ませると、店をあとにする。
「公職選挙法……」
アザミは飲みかけのアイスコーヒーをすすりながら、新たな問題を口にした。