第36話 不穏
白教大聖堂。地下一階。霊廟。
白教に従事した教徒が眠る墓所。
白い一本通路から、左右に分岐した部屋。
そこが全て、棺を納めるスペースになっている。
「夜になったら、起こしに来ますね」
棺が詰め込まれた図書館のような場所だった。
桃子が入る棺を空いている隙間に収納し、アザミは霊廟を後にした。
◇◇◇
白教大聖堂。一階。事務室。
手狭な部屋に、職員室のように複数の机が隣接している。
「場所は、お分かりになった?」
階段を上がった先には、事務室に繋がっている。
その隅の席に座るのは、シスターユリアだった。他に人はいない。
「……は、はい」
宗教のことは詳しく分からない。
だけど、この人の少なさが妙に気になる。
口には出せないけど、警戒した方がいいかもしれない。
「同行できなくてごめんなさいね。狭い場所が苦手で……」
「い、いえ」
ただ、絶望的に話すことがない。
相槌しか打てず、微妙な空気に胃がキリキリする。
「それより、衆議院選挙にお出馬すると聞いたのだけれど、本当?」
そう考えていると、ユリアは話を切り出してくれた。
助かった。ただの情報確認だとしても、沈黙するよりマシだった。
「あ、あくまで予定、です」
鬼龍院みやびが残した登録者数973万人という数字。
それを伊勢神宮チャンネルが超えないと出馬できない約束。
現在、登録者数は631万人。目標の数字には、まだ届いていなかった。
「あら? お駅前にこんなのが貼ってあったのだけれど、これは別人?」
今は選挙準備期間で出馬の締め切りは1週間後。
6日後にあるライブで目標数字を超えて出馬する予定だった。
――それなのに。
「伊勢、神宮ちゃん……な、なんで」
ユリアが手に持つ携帯の画面に映るのは、千代田区の選挙ポスター。
そこには見覚えのある二次元のキャラクター。伊勢神宮の顔が貼ってあった。
◇◇◇
白教大聖堂前。時刻は正午過ぎ。天気はにわか雨。
車一台分が通れる狭い道路に、アザミはビニール傘を差し、立っていた。
『ワイは手筈しとらんよ。約束は鬼龍院みやびを超えてからじゃったろ?』
耳元の携帯から、臥龍岡県知事の声が聞こえる。
(やっぱり……。誰かが勝手に出馬届けを出したんだ)
背筋がぞっとする。第三者に計画を知られていたことになるんだから。
『とはいえ、一定の成果は出しとるから、一つ助言をくれてやろう』
「……な、なんです?」
『同じ区に出馬する霧生という男とは、関わるな。元暴露系Youtuberじゃ』
そこで、一方的に通話は終了する。
助言はありがたいけど、政治のことなんて分からない。
ライブで頭がいっぱいなのに、考えないといけないことが一つ増えてしまった。
「君さ、伊勢神宮の中身っしょ? ちょいと顔、貸してもらえる?」
そこに声をかけてきたのは、黒い日傘を差す金髪の男性。
着崩した黒スーツを着る、ホスト風のチャラそうな人だった。
「……あ、あの、どちらさま、ですか?」
嫌な予感がする。外れてほしいと心から願いながら、名を尋ねる。
「君と同じ千代田区の選挙に出馬した、霧生卓郎をどうぞよっろしくぅ!」