第35話 東京
東京都。国会議事堂。衆議院議場。
扇状に議員席が広がり、正面中央には、議長席。
政党ごとに分かれた、400名を超える議員が立ち上がっていた。
「帝国憲法第7条により、衆議院を解散するよん」
正面中央に立つのは金髪の若い男性。
衆議院議長の口から語られるのは、解散の言葉。
慣例にのっとり、万歳三唱が行われ、この日、衆議院は解散された。
◇◇◇
衆議院第3委員室。
等間隔にテーブルと椅子が置かれた部屋。
学校の教室と同じような形式。正面中央には答弁用のマイクと机がある。
「それで、話ってなんですん? 千葉総理」
最前列の席に座り、気だるそうに反応するのは金髪の男性。
先ほど解散を宣言した、元衆議院議長。
黒のスーツを着ていて、無効となった胸元の議員バッジを取り外していた。
「霧生、次の出馬は千代田区だと言っていたなぁ?」
一方、答弁台に立つのは、短い黒髪を逆立てた強面の中年。
渋い声を響かせる千葉内閣総理大臣は、杖で体を支えながら、霧生に問うた。
「ええ、そうですけど」
「いいか、次の選挙は必ず勝てぇ。面倒なやつが来る」
「いやいや、負けませんて。こう見えても、史上最年少の衆議院議長ですぜ?」
手を何度も横に振り、霧生はオーバーなリアクションを取っている。
前人未踏の結果を成し遂げた自信。それが、そこはかとなく態度に現れていた。
「霧生、お前が負ければ、憲法9条は恐らく、改正される」
「……それは聞き捨てなりませんねぇ。誰なんです? 総理が警戒する人物は」
飄々としていた様子から、急に目つきが鋭くなる。
狩りがいのある獲物を見つけた。といったような、面持ち。
「伊勢神宮というVtuber。その中身は、死刑になった……私の娘だぁ」
眉をひそめ、険しい表情のまま、千葉は敵となる相手の正体を告げた。
◇◇◇
東京都。千代田区。白教大聖堂。堂内。
正面には、金色の装飾が至るところに施された肖像画。
床は派手な赤い絨毯。中央には、白い修道服を着た一人の女性。
背を向けていて、顔は見えない。立ったまま祈りを捧げているみたいだった。
「あ、あの、あなたが、フェスまで匿ってくれる方、ですか?」
棺を両手で持ち、尋ねるのは、袴姿のアザミだった。
その中には、睡眠中の桃瀬桃子がコンパクトに収納されている。
「ええ、いかにも。シスターユリアとお呼びになって」
振り返り、気品よく答えたのは修道女ユリア。
黒い瞳に、短い金髪、清廉潔白で何の穢れも知らなそうお人だった。
◇◇◇
東京都。新宿警察署。帝国最大の警察署。
その地下には、隠密部隊、滅葬志士総本部が設置されている。
「遠征の収穫はありましたか?」
滅葬志士総本部地下三階、会議室。
中央には長テーブル。囲うように椅子が置かれている。
その上座に座り、尋ねてきたのは、滅葬志士棟梁――臥龍岡アミ。
ネイビーブルーのシャツに紺のスカートの婦警服を着ていて、腰には刀。
「ええ。十分すぎるほどに。……ただ」
答えるのは青い警官服を着たジェノ。
アミと向かい合う位置。下座に座っている。
「……なんでしょう?」
「あなたは、人か鬼。どっちの味方なんですか?」
滅葬志士は一枚岩じゃない。それが、遠征を通して感じたことだった。
「ふふっ。さぁ、どちらなんでしょうね」
返ってきたのは、はぐらかすような回答。
心の内では決まっているのか、それとも。
「さぁって……鬼を葬るための組織、なんですよね」
まともな返事は返ってこないと思いつつも探りを入れる。
「組織も世の中も変化し続けます。私は時々に応じた私の心に従うまで」
実体のない雲のように、アミは質問をひらりとかわす。
でも、それこそが、彼女の本質。彼女にしかない答えのような気がした。