第34話 別れ
大阪白十字病院。特別室。
室内のベッドには、鬼と鏡。
「私は、お役に立てましたか、椿様」
『ああ。ナナコのおかげで、もうすぐ世界が変わるぞ』
白い入院服を着るナナコは、鏡を抱く。
優しく。愛でるように。かつての主をそばに感じながら。
「よかった……あなた様に、拾われて」
『お前は、よう生きた。後は……わらわに任せておけ』
鬼と人の自作自演。マッチポンプ。
世界は騙される。それが生きた意味。
唯一の心残りは、見届けられないこと。
(あとは、任せましたよ。千葉薊さん……)
でも、心強い味方がいる。それに意思は託した。
思い残すことは何もない。だから、少しだけ、眠ろう。
目を開ける頃には、世界はきっと、良くなってるはずだから。
◇◇◇
みやびフェス大阪より、翌日。
大阪白十字病院。地下一階。放射線治療科。診察室。
診察机に丸椅子が二つ。そこに腰かけるのは、医者と白黒の袴を着た女性。
「ナナコさんは、今朝――」
そう曇った表情で話を切り出すのは、白衣を着た森田。
「い、言わないでください。分かってます」
「……そうか。強いんだね」
「か、悲しむのは、全部、終わってから、って決めましたから」
凶報を聞き届け、アザミは静かに席を立つ。
その瞳は赤く充血していた。でも、確かに前を向いている。
止まれない。止まるわけにはいかない。彼女の死は無駄にしちゃだめなんだ
◇◇◇
大阪。新大阪駅。夕方。
新幹線の扉口にジェノは立っていた。
「あの、元気さん。昨日は、ありがとうございました」
ぺこりと礼を下げた先には、藤堂元気。
変わらず天然パーマのせいか、髪はぼさぼさだった。
「気にせんでええよ! この手で仇討てたからからな!」
ただ、会った頃とは見違えるほど元気になった。
というより、元々、これぐらい明るい人だったんだろう。
「……」
ただ、復讐を果たした。という件については何も言いたくない。
もっと他に方法があったのかもしれない。昨日からずっと考えている。
「なんや、暗い顔して。まぁ、ええか。元気でな!」
「……はい。元気さんも、お元気で」
複雑な心境のまま返事をすると、新幹線の発車ベルが鳴る。
「でも、良かったんかいな。一心君、置き去りやで」
「…………あ」
どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ。
すぐに、降りようとした時、新幹線の扉は閉まった。
(一心さんなら、たぶん、大丈夫だよね、きっと)
新幹線は緩やかに動き出し、ジェノは彼の元気な姿を思い浮かべていた。
◇◇◇
大阪城跡地。目の前には夜空が広がっている。
「いい夜空だ……じゃない! どこだここは」
仰向けに倒れていたのは、滅葬志士、千葉一心。
辺りには瓦礫の山。どうやら、生き埋めになっていたようだ。
「目は覚めたかい」
声が聞こえる。声がした方に目を向けると、見えたのは、黒い二本の角。
「……鬼っ!」
すぐさま、立ち上がり、腰の刀に手を当てようとする。
しかし、ない。あるべきはずのものが。腰には刀などなかった。
「悪いが、刀は奪わせてもらってる」
赤いリーゼントをした黒服の鬼。
図体はでかく、生身で相手するのは厳しそうだ。
そいつが刀を握っている。破壊することなど、造作もないだろう。
「なんのつもりだ……。組長がやられた腹いせか?」
滅葬志士棟梁、藤堂元気の一撃により、鬼道組組長は敗れた。
その腹いせとして、鬼道組の若頭が滅葬志士の生き残りを襲いに来た。
状況から見るに、それしか考えられない。戦う以外生き残る術はないはずだ。
「違う」
「だったら、何が目的だ」
「千葉薊を潰してくれないか? こいつを使って」
図体がでかい鬼が懐から取り出したのは、赤い水晶だった。
「詳しく、話を聞かせてもらおうか」
人と鬼。滅葬志士と鬼道組。
相容れないはずの二つの陣営が手を結ぶ。
狙いは、千葉薊。陰謀の渦中にいる人物は、その日大阪を後にした。
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