第32話 みやびフェス大阪④
大阪城天守閣。八階。展望台。
14曲目が終わりを迎える。残すはあと1曲。
恐らく、鬼龍院みやびとしての最後を飾るフィナーレ。
「……げほっ、げほっ」
しかし、口からは血が溢れ、石造りの床を真っ赤に染める。
よく持ってくれた方。だけど、ここまできたら、もう少し欲張りたい。
「社長!? 大丈夫なの?」
駆け寄るのは、桃色のワンピース姿の桃瀬桃子。
今や急成長を遂げ、登録者は500万人を超えている。
「問題、ありません。気付けに摂取した血液が、体に合わなかったようです」
775の未来は明るい。惜しむべきはアザミが辞めたこと。
それでも、前に進まないといけない。止まるわけにはいかない。
限界が近い体に鞭を打ち、なんとか起き上がって、上のステージを目指す。
「……」
すると、背後の階段辺りから、足音が聞こえてくる。
胸騒ぎがした。敵が城のギミックを突破してきたのかもしれない。
「え……なんで」
先の反応するのは、桃子。唖然とした表情を浮かべている。
見なくても分かる。すぐ後ろには、鬼道組組長が立っているはず。
戦う余裕も気力もない。もう負けだ。あと一歩のところで負けたんだ。
「――」
すると、足音が迫り、目の前で止まる。
見たくない。でも、見ないわけにはいかない。
落とした視線をなんとか上げると、そこに立っていたのは。
「……ち、血を飲んでください。ナナコさん!」
手の平から血をしたたせるアザミだった。
「なん、で」
感情が追いつかない。頭が追いつかない。状況が理解できない。
それなのに、鬼としての本能が、目の前の上質な血液を欲している。
「い、いいから、飲んでください! 早く!」
鬼気迫る様子で、アザミは強く言いつける。
もう、無理だ。我慢できるわけがない。抑え、られない。
「……っ!!!」
一滴も零れ落ちさせないよう、執拗に舐め取る。
犬のように貪り続け、本能のままに血液を飲み干した。
全身が熱い。久方ぶりに味わう、細胞が満たされていく感覚。
「……体が、痛くない」
死滅していた細胞が蘇っているような気がする。
アドレナリンが出ているだけかもしれない。でも、いい。
次の曲を。最後の舞台を乗り切れるなら、理由は何でもよかった。
「あ、あの!」
膝を押し上げ、ステージに向かおうとすると、声をかけられる。
「礼なら後で伝えます。今は早くステージに」
動けるのは血をもらったから。
だけど、今は礼をする時間すら惜しい。
体が動くうちに、一秒でも早く上にいきたかった。
「わ、わたしと、コラボして、もらえませんか?」
そこで聞こえてきたのは、まさかの申し出。
(これが恐らく最後の舞台。最初で最後のコラボ……)
考えるまでもない。
この言葉をずっと聞きたかった。
彼女の意思で伝えてくれるのをずっと待っていた。
「もちろんです!!」
もう、怖いものはない。後は、心置きなく最後の舞台に上がるだけだ。
◇◇◇
大阪城天守閣頂上。曇っているせいか、辺りはすっかり暗い。
アザミは桃子に借りたホログラムスーツを着け、ステージに上がる。
(重くて、熱い。ナナコさんはずっとこれをつけてライブを……)
体表面に描写されるキャラは当然、伊勢神宮。
紅白の巫女服を着た、金髪サイドテールの明るそうな女の子。
そして、隣に立つのは、十二単を着た、長い白髪の鬼。――鬼龍院みやび。
「よいか? 演奏中、いかなことが起こっても、歌と踊りの集中を欠くな」
マイクに声が入らないように、みやびは耳元でそっと囁く。
ある意味で貴重な体験だった。
ナナコとしてじゃなく、みやびとしてアドバイスをくれてるんだ。
「……」
声が乗らないよう、無言で数度頷く。
『今宵、壱番ステージに立ったライバーは、余の目から見て、経験も実績も未熟。壱番ステージに立つ資格などないと思っておった。だからこそ、あえて聞きたい。彼女らのパフォーマンスに不満を持った者はおるか? 率直に申してみよ!』
そうして、みやびの前振りが始まった。
主催者として、本来なら隠したかった裏事情のはず。
それを全て晒し、自分の意見を述べ、観客に評価をゆだねていた。
「最高だったぞ!!!!」
「不満なんかあらへんわ!!!」
「十二分に楽しませてもらったで!!!」
「文句あるやつは、ぶっ飛ばしたんで!!!!」
「おるわけないやろそんなやつ!!!! ええ、ライブやったよ!!!」
それこそが、彼女の魅力。
この反応を見越していたからこその、振り。
妥協せず、完璧を求め、本音で接したからこその人気。
『逆境こそ余らを強くする。この声が何よりの証左。世代交代の時は近い!』
参番ライバーが大舞台で成長すると信じた、社長としての先見の明。
何もかもが彼女を中心に動いている。エンタメの権化。Vtuber界の女王。
『そして、次の時代をけん引するのは、775プロダクション所属、伊勢神宮! 彼女こそ、参番ステージのライバーを壱番ステージに上げた立役者。余と彼女のコラボ。生涯初めてのデュオ。心して受けるがよい。今宵、最後の曲の名は――雷鳴』
これ以上ない紹介をもらい、最初で最後のコラボが始まった。