第29話 みやびフェス大阪②
一曲目が終わる。やっぱり、彼女は一味も二味も違った。
Vtuberが天守閣の上で歌って踊る。なんて発想の時点で面白い。
ただ、普通は実行できない。技術力が足りない。許可なんて下りない。
でも、彼女は不可能を可能にしてしまったんだ。持ち前の行動力を駆使して。
「これがVtuberのトップの実力か……。何者なんだあいつは……」
分析力に長けるラウラも圧倒され、言葉を失っている。
自分のことのように嬉しかったし、それに対する答えは決まっている。
「わ、わたしの自慢の友人です」
◇◇◇
大阪城天守閣。八階。展望台。
地上50メートルの高さから、辺りを一望できる場所。
石造りの床に、落下防止用の安全柵と手すりが置かれている。
「はぁ……はぁ……」
安全柵の隙間から降り立ち、息を切らすのはナナコだった。
(思った以上に、熱く、重い……。このままじゃ体が……)
彼女が全身に着ているのは、ホログラムスーツ。
立体映像を体表面に描写する最先端科学の結晶だった。
ただ、試作段階のため重く、起動時の排熱処理が体の負担となる。
起動時のスーツ内温度は、およそ180度。500Wの電子レンジの中と同じ。
「もうへばったの? 基礎トレーニングが足りてないんじゃない?」
声をかけてくるのは、桃瀬桃子。
ナナコと同様に、全身にホログラムスーツを着ていた。
「……かも、しれません。次は、頼みますよ」
「任せて。あーしたち次の世代が、社長を支えてあげるから」
短くやり取りを交わし、桃子は跳躍。
そのまま、展望台から天守閣頂上のステージへ向かった。
「もう少し……もう少しだけ……」
頼もしい後輩の姿を見届け、ナナコは全身にかかる鋭い痛みをこらえていた。
◇◇◇
大阪城天守閣。一階。上階へ行き来するためのエレベーター前。
「あの、お客様。こちらは関係者以外立ち入り禁止となっております」
声をかけるのは、角を黒いキャップの一部に見立てる水色髪の女性。
背にみやびフェススタッフと書かれた、黒いTシャツを着ている鬼だった。
「そんなん知っとるよ。エレベーターは動くん?」
「で、ですから、ここは――」
「はよ、質問に答え。さもないと、その角、切り落とすで?」
そう長い爪を立て、脅すのは、鬼道組組長――鬼道楓。
片手には茶色のブランドもののバッグ。
服は灰色の着物に袖を通し、その背後には、黒服を着た数十人の鬼がいた。
「ひっ……。現在、社長の命令で停止中、です」
スタッフは、恐怖に染まった顔で聞かれた質問にだけ答える。
「ふーん。襲撃は予想済みちゅうわけか。あんがとさん」
楓は短く感謝を述べると、鋭い爪を突き立てる。
「……かはっ」
貫いたのは、スタッフの胸。
大量に吐血し、視線が定まっていない。
「安心しい。殺しはせん。傷口が塞がるまで眠っとき」
楓はスタッフの耳元で囁くと、爪を勢いよく引き抜いた。
大量の血飛沫が跳ね、灰色の着物を赤く染めながら、向かう先は一つ。
「さぁ、抗争の始まりや。上で楽しみに待っててや、鬼龍院みやびはん」
二階へ続く階段に足をかけ、意気揚々と己が目的を口にした。
◇◇◇
二曲目が終わる。桃瀬桃子の明るくポップな声質。
彼女にしか出せない高音域を活かせるアップテンポな曲。
それらが上手くかみ合い、現場の空気は彼女たちの支配下にあった。
(さすが、桃子さんだ……。初の壱番ステージなのに、もうモノにしてる)
一度でもフェスを体験したから分かる。
緊張感と重圧は、参番ステージの比じゃないはず。
それを全く感じさせない歌と踊り。さすがとしか言いようがなかった。
「もう一度、あの舞台に立ちたいとは思わねぇのか?」
冷静なトーンで問うラウラは、天守閣の頂上を見つめている。
その眼差しは確かな熱を帯びていて、冗談のようには聞こえなかった。
「む、無理ですよ。も、もう、775は抜けちゃい、ましたから」
でも、戻れない。戻りたくても、戻りようがない。
また戻ろうとしたら、775と鬼道組の抗争が始まってしまう。
「……そうじゃねぇ。できるとしたらどうしたいかって聞いてんだ!」
その回答が気に食わなかったのか、彼女はきつい口調で言い放つ。
なんでそんなに怒っているんだろう。鬼道組に誘ったのはラウラなのに。
「そ、それは、もちろん……やりたい、です。や、やりたいに決まってます!」
ただ、その前提を忘れて、心に浮かんだ言葉を口に出す。
そこで、ようやく気付いた。775を離れてもまだ未練があるってことに。
「だよな。僕が間違ってた。お前みたいなやつを組に引き込むんじゃなかった」
ラウラは拳をぐっと握りこみ、声が震えている。
自分が手をかけた仕事に、後悔しているみたいだった。
「あ、あの……き、気にしないで」
複雑な事情が絡み合って、今がある。
一概に彼女が悪いとは思えず、フォローしようとした。
「決めた。お前をあの舞台に戻してやる」
しかし、ラウラは肩に手を置き、力強く言い放った。
でも、どうやって。口に出かかるのはそんなマイナスな言葉。
だけど、多分言う必要がない。心が、意思が、戻りたいと叫んでいる。
「き、鬼道、組との抗争を止め、わ、たしが、775に戻る」
「そうだ。フェスが終わったら、真っ先にあの組長を説得するぞ」
方針が決まり、二人の考えは一つになっていた。
――しかし、その時。
『アザミさん、聞こえますか。775と鬼道組の抗争が始まりました』
右腕のある腕輪――リンカー。それを経由して、最悪の知らせが頭に響いた。




