第28話 みやびフェス大阪①
路上ライブ生活5日目。
大阪。道頓堀。鬼道組事務所。組長室。
「なに? 話って」
執務椅子に座り、話を切り出したのは、鬼道楓。
「こ、こちらを」
向かい立つアザミは、白い袴の懐に手を突っ込み、差し出す。
出てきたのは、白い帯に包まれた紙の束。血の滲む思いで稼いだ100万円。
「この子、不正やっとらへんやろうね?」
楓は札束を受け取り、手際よく枚数を数えながら問う。
「間違いねぇ。こいつは正々堂々、自分の実力で100万円集めやがったよ」
質問に答えたのは、隣に立つ黒服のラウラ。
本来は不正を監視する目的で、そばにつけていたんだろう。
それが成功を裏付けする証人になるなんて、思ってもいなかったはずだ。
「……具体的な内容は?」
信じられないのか、楓は目つきを鋭くし、尋ねる。
本人が直接語るより、第三者が語る方が説得力が上がる。
彼女なら嘘はつかないだろうし、そばにいてくれて本当に助かった。
「1曲1000円。個人に歌をプレゼントする商法だ。活動二日目にカップルから結婚ソングをリクエストされ、歌った結果、婚約が成立した。その様子がSNSで投稿され大バズり。主に縁結びとして利用され、成立した婚約数はその札束以上だ」
思った通り、完璧な説明をラウラはしてくれる。
最初は辛かったけど、途中で諦めなくて本当によかった。
「社会貢献どころか、少子化対策にまでなっとる。えらい健全に稼いだんやねぇ」
皮肉なのか、褒めているのか、どちらなのかは分からない。
ただ、結果は出した。後はこの人が約束を守ってくれるかどうか。
「確かに、100万あるわ。アンタを見くびっていたようやね」
「……じゃ、じゃあ!」
「約束通り、鬼道組に入れたる。これからは組の一員として頑張ってや」
返ってきたのは、一番欲しかった答え。
気難しそうな人に努力を認められたのは、かなり嬉しい。
ただそれ以上に、775との抗争を止められた。という事実はもっと嬉しかった。
「……仕事は果たした。僕の件はどうなる」
そこにラウラは別の用事があったのか、口を挟んでいた。
その表情はどことなく暗い。おめでとうの一言ぐらいあっても良かったのに。
「その件やけど、ちょいとだけ待って。今日の夜、返すわ」
「あのなぁ……」
「これ、みやびフェス大阪のSS席チケット。二枚あるから時間潰してきーや」
文句を言わせる暇なく、楓はラウラに二枚の紙切れを手渡した。
二人の事情はよく分からないけど、これはラッキーかもしれない。
あの紙切れには夢が詰まってる。ぜひとも、受け取ってほしかった。
「はぁ……ったく仕方ねぇな。こいつとも今日で最後だしな」
ラウラは、諦めたようにチケットを受け取る。
つまり、みやびフェス大阪に、タダでいけるということ。
テンションが上がりかけたけど、少し気になったのは、後に語った言葉。
「……きょ、今日で最後?」
まるで、もう会えなくなるような発言。
せっかく同じヤクザになったのに、別れないといけないような言葉。
「聞き分けのいい子は好きやで。これお駄賃な。好きなもんでも買い」
戸惑うこちらをよそに、楓は札束から10万ほど抜き取り、ラウラに渡す。
「組長にしては気前がいいな。後で返せとか言ってくんじゃねぇぞ」
「言わへんよ。ええから、はよいってきい。急がんとそろそろ始まんで」
壁に掛けられた振り子時計は、午後4時30分を指している。
フェスの開始は午後5時から。開始まで30分ほど。猶予はなかった。
「もうこんな時間か。いくぞ」
「……え、えと、さっきのって」
強引に手を掴まれながらも、さっきのことを尋ねようとする。
でも、言葉は勢いに消され、手を引かれるがまま向かう場所は一つ。
待ちに待ったみやびフェス大阪の会場だ。質問は終わってからすればいいよね。
◇◇◇
大阪城天守閣東側。壱番ステージ。大手前配水池。
周囲が木々に囲まれた、芝生広場。サッカー場のような場所。
天気は曇りだった。でも、ステージは満員。周囲は人で埋め尽くされている。
「……どうなってんだ、ありゃあ」
その最前列にいるラウラは困惑した様子で尋ねる。
視線の先、天守閣の頂上には十二単を着た白く長い髪の鬼。
スポットライトが当たり、その周囲には大量のドローンが飛び交う。
ステージ周辺にあるモニターには、様々な角度から見える彼女を映し出した。
「……い、いる。き、鬼龍院みやびが、て、天守閣の上に」
鬼の女王、鬼龍院みやび。二次元のキャラ。Vtuber。
そのはずなのに、天守閣の上には、三次元のキャラが確かに実在していた。
『臣民共よ。余の晴れ姿、見えておるか?』
聞こえる。近くて遠い場所にいた聞き馴染みのある声。
マイクで拡張されているけど、確かに、彼女はここにいた。
(ナナコさん……っ)
体を病に蝕まれながらも、ステージに立っている。
辛いはずなのに、それを微塵も感じさせない毅然とした振る舞い。
ライバーとしても、友人としても、観客としても、どの視点から見ても、一流。
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
「殿下は今日もお美しい」
完璧を演じる、普段はポンコツな彼女のライブフェスが今、始まった。




