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吃音症がVtuberで何が悪い!!!  作者: 木山碧人
第三章 大日本帝国

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第27話 路上ライブ②

 

 路上ライブ初日が失敗に終わった後。


 大阪某所。深夜営業中のファミリーレストラン。


 中は向かい合わせのソファに、テーブルがある席が複数ある。


 アザミはそこで、ラウラの厚意により遅めの晩御飯をご馳走になっていた。


「お前さ、歌う時、自分のことしか考えてねぇだろ」


 食事を終え、綺麗な皿が残る中、向かいに座るラウラは話を切り出した。


「……」


 ずきりと胸が痛む。心当たりがあったからだ。


「稼がなきゃソープに落ちるとか、775とうちとの抗争が始まるとか、通行人には関係ねぇんだよ。大事なのは、歌が心に響くかどうか。足を止める価値があるかどうかの二つだけだ。聞いてもらえるかもしれない相手のことをもっと考えてみろ」


 反論の余地もなく、ラウラは端的に指摘を続ける。


 その通りだった。さっきは自分のことしか考えてなかった。


 相手を考える余裕なんてなかった。歌い続けるだけで、精一杯だった。


「……す、すごい。べ、勉強になります」


 アドバイスを素直に受け入れつつ、気になるのは、その分析力。


 明らかにただものじゃない。芸能関係の仕事に精通しているのかもしれない。


「すごかねぇよ。……それより、腹いっぱいなのか?」


 すると、ラウラは目線を逸らし、話題も逸らしていく。


 ただ責めるだけじゃない。飴と鞭。両方使いこなせるタイプ。


 ヤクザだし、見てくれも言動も怖そうに見えるけど、たぶんいい人だ。


「じゃ、じゃあ、DXパフェ二つに、も、モンブランパフェ一つ……」


 今はその性格に少し甘えさせてもらおう。


 対策を考えるには、糖分がどうしても欲しい。


 メニューを手に取り、欲望のままに要望を伝える。


「DXに、モンブランっと……。げっ、スイーツに7000円って。ヤクザかよ」


 ラウラはひょいとメニューを奪うと、不快感をあらわにしている。


 ちょっと厚かましすぎたのかもしれない。遠慮した方がよかったのかな。


「駄目、ですか?」


 なんて一瞬考えたけど、メニューに見えたパフェが頭から離れない。


 機嫌を損ねないようできるだけ下手に、かつ、控えめにお願いしてみる。


「あーそんな目で見るな、そんな目で。頼めばいいだろ。その代わり出世払いな」


 すると、ラウラは照れ臭そうに視線を背け、了承してくれる。


「はい!」


 この人となら、なんとかなるかもしれない。


 状況は崖っぷちだったけど、心はびっくりするほど穏やかだった。


 ◇◇◇


 路上ライブ生活2日目。


 梅田新歩道橋。時間は正午。天気は曇り。


 昨日とは違い、主婦や大学生ぐらいの若者が多い印象。


 計算通りだった。今度は自分のためじゃない、誰かのために歌ってやる。


「は、はじめまして、わたしは、アザミって言います」


 アンプに繋がれたマイク越しに、自己紹介をする。


 すると、若い男女のカップルが、足を止め、こちらに向いた。


「なんか、この声、聞いたことあるかも」


「……なにそれ。浮気じゃないでしょうね?」


 黒髪の男性が反応し、茶髪の女性は腕を絡めながら、嫉妬している。


 運がいい。というより、昨日と比べたら格段に幸先がよかった。それなら。


「……あ、あの、何かリクエストってありますか?」


 目の前にいる人のことだけを考えて喜ばせる。


 昨日、パフェを食べながら悩んで出した、一つの結論だった。


「え……僕たちのために歌ってくれるの?」


「なーんか怪しい。どうせ、お金とるんじゃないの?」


 男の人の反応は良く、女の人の反応は悪い。


 状況は悪くない。女の人を納得させれば、なんとかなる。


「む、無料です。その代わり、SNSで、宣伝、してもらえませんか?」


 お金は取らない。お金を取るのはもっと後。


 自分というコンテンツを知ってもらう。信頼してもらう。


 コンテンツマーケティング。まずは、ここから地盤を固めて、土台を築く。


「そういう魂胆か。だったらいいよ。リクエストしたい曲があったんだ」

 

 打算的なのがかえって好印象だったのか、女の人は納得してくれる。


「お、お聞きします」


「幸せを願った花束を、でお願いします」


 リクエストは結婚ソング。


 彼女は目をぎらつかせ、彼氏は目を背けている。


 それで色々察しがついた。これはチャンスもチャンス。大チャンスだ。


「お、お任せください」


 携帯を使い、曲名を検索。電子決済を済ませ、ダウンロード。


 インスト版の『幸せを願った花束を』選曲し、アンプと繋げ、音楽は始まる。


 ◇◇◇


「い、以上、『幸せを願った花束を』でした」


 歌い終わり、ぱちぱちぱちと、彼氏の拍手が響き渡る。


 隣にいる彼女は、その一部始終を携帯で撮影してくれていた。


「いい曲だったね。……それでさ、私に何か言いたいことってないのかな?」

 

 彼女が向ける携帯のカメラは彼氏の方へ向く。


「えーっと。それはその……」


 優柔不断なのか、なかなか彼氏は切り出せない様子。


 口を挟みたい。だけど、ここは我慢。もう曲は終わってるんだから。


「あっそ。私への愛はその程度だったってわけね。もう帰るから」


 彼女はへそを曲げ、背中を向けて立ち去ろうとしている。


 でも、途中で足を止め、チラチラと背後の彼氏に視線を送っていた。


「…………あーもう、分かった。待ってくれ」


 少しの沈黙の後、彼氏は待ったをかける。


 顔はきりっとしていて、覚悟を決めているように見えた。


「……なに。今、すっごく機嫌悪いんだけど」


 振り返る彼女の顔は怒りながらも口端が上がっている。

 

 片手には携帯を持ち、次に起こる出来事をカメラで納める気満々だった。


(……くる。一生に一度あるかないかの瞬間だ)


 ドキドキしながら、自分のことのように、見守る。


 成功すれば、今後に繋がる。どうしても他人事には思えない。


 今か今かと待ちわびる中、場には沈黙が流れ、不思議と緊張感が満ちていく。


「…………こんな僕で良かったら、結婚してくれ!」


 そんな沈黙を破り、出てきたのはプロポーズの言葉。


 彼氏は片手を前に突き出し、震えた手で、返事を待っている。


(いいな……)


 定番でベタな台詞だった。だけど、それが一番いいに決まってる。


「えー、もうちょっとドラマチックな台詞を期待してたんだけどな」


 そう思っていたけど、肝心の彼女はつれない様子。


「は、ははっ。困ったなそれは……。もっと気の利いた台詞を……」


 彼氏は冷や汗を浮かべ、手を引っ込めようとしている。


 さすがに彼氏がかわいそうだった。どうにか仲裁に入ろうと思った時。


「う、そ。こんな意地悪な私でよかったら、お願いします」


 しかし、彼女は引っ込みかけた手を掴み、婚約は成立。


 その出来事を機に、崖っぷちだった歌い手アザミの快進撃が始まった。

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