第27話 路上ライブ②
路上ライブ初日が失敗に終わった後。
大阪某所。深夜営業中のファミリーレストラン。
中は向かい合わせのソファに、テーブルがある席が複数ある。
アザミはそこで、ラウラの厚意により遅めの晩御飯をご馳走になっていた。
「お前さ、歌う時、自分のことしか考えてねぇだろ」
食事を終え、綺麗な皿が残る中、向かいに座るラウラは話を切り出した。
「……」
ずきりと胸が痛む。心当たりがあったからだ。
「稼がなきゃソープに落ちるとか、775とうちとの抗争が始まるとか、通行人には関係ねぇんだよ。大事なのは、歌が心に響くかどうか。足を止める価値があるかどうかの二つだけだ。聞いてもらえるかもしれない相手のことをもっと考えてみろ」
反論の余地もなく、ラウラは端的に指摘を続ける。
その通りだった。さっきは自分のことしか考えてなかった。
相手を考える余裕なんてなかった。歌い続けるだけで、精一杯だった。
「……す、すごい。べ、勉強になります」
アドバイスを素直に受け入れつつ、気になるのは、その分析力。
明らかにただものじゃない。芸能関係の仕事に精通しているのかもしれない。
「すごかねぇよ。……それより、腹いっぱいなのか?」
すると、ラウラは目線を逸らし、話題も逸らしていく。
ただ責めるだけじゃない。飴と鞭。両方使いこなせるタイプ。
ヤクザだし、見てくれも言動も怖そうに見えるけど、たぶんいい人だ。
「じゃ、じゃあ、DXパフェ二つに、も、モンブランパフェ一つ……」
今はその性格に少し甘えさせてもらおう。
対策を考えるには、糖分がどうしても欲しい。
メニューを手に取り、欲望のままに要望を伝える。
「DXに、モンブランっと……。げっ、スイーツに7000円って。ヤクザかよ」
ラウラはひょいとメニューを奪うと、不快感をあらわにしている。
ちょっと厚かましすぎたのかもしれない。遠慮した方がよかったのかな。
「駄目、ですか?」
なんて一瞬考えたけど、メニューに見えたパフェが頭から離れない。
機嫌を損ねないようできるだけ下手に、かつ、控えめにお願いしてみる。
「あーそんな目で見るな、そんな目で。頼めばいいだろ。その代わり出世払いな」
すると、ラウラは照れ臭そうに視線を背け、了承してくれる。
「はい!」
この人となら、なんとかなるかもしれない。
状況は崖っぷちだったけど、心はびっくりするほど穏やかだった。
◇◇◇
路上ライブ生活2日目。
梅田新歩道橋。時間は正午。天気は曇り。
昨日とは違い、主婦や大学生ぐらいの若者が多い印象。
計算通りだった。今度は自分のためじゃない、誰かのために歌ってやる。
「は、はじめまして、わたしは、アザミって言います」
アンプに繋がれたマイク越しに、自己紹介をする。
すると、若い男女のカップルが、足を止め、こちらに向いた。
「なんか、この声、聞いたことあるかも」
「……なにそれ。浮気じゃないでしょうね?」
黒髪の男性が反応し、茶髪の女性は腕を絡めながら、嫉妬している。
運がいい。というより、昨日と比べたら格段に幸先がよかった。それなら。
「……あ、あの、何かリクエストってありますか?」
目の前にいる人のことだけを考えて喜ばせる。
昨日、パフェを食べながら悩んで出した、一つの結論だった。
「え……僕たちのために歌ってくれるの?」
「なーんか怪しい。どうせ、お金とるんじゃないの?」
男の人の反応は良く、女の人の反応は悪い。
状況は悪くない。女の人を納得させれば、なんとかなる。
「む、無料です。その代わり、SNSで、宣伝、してもらえませんか?」
お金は取らない。お金を取るのはもっと後。
自分というコンテンツを知ってもらう。信頼してもらう。
コンテンツマーケティング。まずは、ここから地盤を固めて、土台を築く。
「そういう魂胆か。だったらいいよ。リクエストしたい曲があったんだ」
打算的なのがかえって好印象だったのか、女の人は納得してくれる。
「お、お聞きします」
「幸せを願った花束を、でお願いします」
リクエストは結婚ソング。
彼女は目をぎらつかせ、彼氏は目を背けている。
それで色々察しがついた。これはチャンスもチャンス。大チャンスだ。
「お、お任せください」
携帯を使い、曲名を検索。電子決済を済ませ、ダウンロード。
インスト版の『幸せを願った花束を』選曲し、アンプと繋げ、音楽は始まる。
◇◇◇
「い、以上、『幸せを願った花束を』でした」
歌い終わり、ぱちぱちぱちと、彼氏の拍手が響き渡る。
隣にいる彼女は、その一部始終を携帯で撮影してくれていた。
「いい曲だったね。……それでさ、私に何か言いたいことってないのかな?」
彼女が向ける携帯のカメラは彼氏の方へ向く。
「えーっと。それはその……」
優柔不断なのか、なかなか彼氏は切り出せない様子。
口を挟みたい。だけど、ここは我慢。もう曲は終わってるんだから。
「あっそ。私への愛はその程度だったってわけね。もう帰るから」
彼女はへそを曲げ、背中を向けて立ち去ろうとしている。
でも、途中で足を止め、チラチラと背後の彼氏に視線を送っていた。
「…………あーもう、分かった。待ってくれ」
少しの沈黙の後、彼氏は待ったをかける。
顔はきりっとしていて、覚悟を決めているように見えた。
「……なに。今、すっごく機嫌悪いんだけど」
振り返る彼女の顔は怒りながらも口端が上がっている。
片手には携帯を持ち、次に起こる出来事をカメラで納める気満々だった。
(……くる。一生に一度あるかないかの瞬間だ)
ドキドキしながら、自分のことのように、見守る。
成功すれば、今後に繋がる。どうしても他人事には思えない。
今か今かと待ちわびる中、場には沈黙が流れ、不思議と緊張感が満ちていく。
「…………こんな僕で良かったら、結婚してくれ!」
そんな沈黙を破り、出てきたのはプロポーズの言葉。
彼氏は片手を前に突き出し、震えた手で、返事を待っている。
(いいな……)
定番でベタな台詞だった。だけど、それが一番いいに決まってる。
「えー、もうちょっとドラマチックな台詞を期待してたんだけどな」
そう思っていたけど、肝心の彼女はつれない様子。
「は、ははっ。困ったなそれは……。もっと気の利いた台詞を……」
彼氏は冷や汗を浮かべ、手を引っ込めようとしている。
さすがに彼氏がかわいそうだった。どうにか仲裁に入ろうと思った時。
「う、そ。こんな意地悪な私でよかったら、お願いします」
しかし、彼女は引っ込みかけた手を掴み、婚約は成立。
その出来事を機に、崖っぷちだった歌い手アザミの快進撃が始まった。




