第26話 路上ライブ①
脅しに近い交渉をした翌日の夜。
大阪城。天守閣に通じる桜門前。石橋の上。
「覚悟完了って顔だな。昨日の今日でお前に何があった」
目の前にいるのは、長い前髪を切った、アザミの姿。
服装は白黒の袴。腰には刀。黒い瞳は真っすぐに前を見つめている。
「……な、なにも」
「まぁいい。返事を聞かせてもらおうか」
視線を向けられるのは黒スーツに長い青髪の女性――ラウラ。
何でもないように語るその表情は、口調に反して、少し強張っていた。
(最悪、ここで始末しないといけないかもな)
死を覚悟したやつは厄介だ。警戒しておくに越したことはない。
ラウラは、相手の腰にある刀に視線を落とし、身構えながら返事を待った。
「わ、わたしは、鬼道組にいきます。……た、ただし、一つ、条件があります」
警戒する中、返ってきたのは、意外にも快い回答だった。
ただ、何やらおまけ付きみたいだったが、話ぐらいは聞いてやるか。
したたかな奴は嫌いじゃねぇし、ヤクザに物申せるなんて今時珍しいからな。
◇◇◇
大阪府。道頓堀。鬼道組事務所。組長室。
室内には、三人。黒服のラウラ。執務机にいる組長。白黒の袴を着た女。
「ウチに入るには、条件があるらしいねぇ。聞かせてもらえる?」
組長、鬼道楓は問う。正面にいる金のなる木。アザミに向かって。
「い、伊勢神宮のアカウントは、使いません」
条件があるのは、前もってラウラから聞いてた。
大した条件やないと思ってたけど、これはいただけん。
図々しいにもほどがある。少し売れただけで調子乗っとるみたい。
「やったら、アンタに何ができるん? 稼げんのやったらいらんよ」
そんな一銭も儲からん条件、飲めるわけない。
対案があるんやったら話は別やけど、まぁないやろな。
「う、歌を歌えます」
返ってきたのは、予想通りしょうもない対案。
やっぱり、少しチヤホヤされただけで思い上がってるみたいや。
「Vのガワのおかげで付加価値があるだけやろ。アンタ個人には価値ないで」
思い上がった小娘に現実をぶつけてやる。
大事なんは中身やなく、外見や。それ以外、必要ない。
中身を磨いても誰も見てない。金を落とす客が見てるんは外見だけや。
「……や、やってみないと分かりま、せん!」
ただ、現実を分かってへんのか、調子いいことを言ってくる。
生意気な子や。こんな自信だけの跳ねっ返り娘。何人もソープに沈ませてきた。
「期限は一週間。路上ライブで100万円集めてみ。できるんやったら考えたる」
それやったら、現実を思い知らせるだけ。
どうせ、達成できひん。無理なら折れるはずや。
「い、5日で集めます。そ、その代わり、な、775には、手を出さないでください」
すると、小娘はさらにハードルを上げる代わりに、条件を提示してくる。
みやびフェスまで残り5日。成功したらフェスの邪魔はすんなちゅうとこやろ。
「ええよ。約束したる。……ただし、失敗したら泡に沈んでもらうからな」
まぁ、どっちに転んでも損はせぇへん。
絞れるだけ絞りつくして、ボロ雑巾みたいになってもらうで。
◇◇◇
大阪、梅田新歩道橋。午後21時頃。天気は曇り。
駅と駅を繋ぐ橋。または、駅と商業施設を繋げる橋。
仕事終わりのサラリーマンや、OLが好んで闊歩する場所。
その理由は、数ある交差点の信号待ちをショートカットするため。
「最低限の機材はこっちで用意した。やれるな?」
幅広い橋の上には、いくつかの機材が並んでいる。
アンプ。小型発電機。マイク。マイクスタンド。チップ回収箱。
それを手際よく用意してくれた黒服のラウラが、手すり壁を背に問いかける。
「も、もちろんです!」
アザミはマイクを手に取り、辺りを見る。
こちらに見向きもせず、帰路を急いでいる人が大半。
(誰もVtuberじゃないわたしに、興味なんてない。……でも、だからこそ)
気合を入れ、マイクのスイッチを入れる。
ここで一気に成り上がる。そのために用意した手段は。
「――――――――――――――――――――――」
アカペラ。演奏のない地声だけの勝負。
自信はあった。これでも登録者数200万人を超えたんだ。
いける。できる。なんとかなる。根拠のある自信に後押しされ歌い続ける。
――しかし。
「今日はもうやめといたらどうだ?」
午後23時。ラウラが肩にポンと手を置き、進言する。
透明な四角いチップ箱。そこにあったのは、小銭。たったの11円。
「…………」
甘かった。歌も集客も選曲も、何もかもが甘かった。
誰も興味を持ってくれない。誰も足を止めて聞いてくれない。
世界はこんなにも厳しいんだ。歌を歌える以外、取り柄なんてないのに。




