表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吃音症がVtuberで何が悪い!!!  作者: 木山碧人
第三章 大日本帝国
27/72

第25話 デート


 大阪白十字病院。地下一階。病室。


 室内には、白いナース服を試着している桃瀬の姿。


「あ、あの、桃瀬さん!」


「なにさ、改まって。抱かれにきたの?」


「わ、わたしと……し、深夜デート、してもらえませんか!」


 アザミが申し出たのは、デートのお誘い。


「……へ?」


 桃瀬は思ってみなかったのか、目が点になっていた。


 ◇◇◇


 大阪府内。天野町。関西サイクルスポーツセンター。


 山間にある、乗り物が豊富に揃った自転車のテーマパーク。


「ここでいいの?」


「……は、はい。運んでくれて、ど、どうもです」


 そこに降り立つは、白いナース服を着た鬼と人。


 アザミが桃瀬に抱かれ、深夜の大阪を駆け、たどり着いた場所だった。


「どういう風の吹き回し? まさか、本気であーしに惚れちゃった?」

 

 入場口を不正に突破し、狭い坂道を歩きながら、桃瀬は問う。


 当然の疑問だった。まだここに来た理由も目的も話してない。


「……す、少し、考えを整理したくて」


 間違ったことは言ってない。それ以上は言えなかったけど。


「ライブ前のナーバス、か。……仕方ないなぁ。付き合ってあげるよ」


 彼女は良い方に解釈してくれたみたいで、小気味よく坂を駆け上がっていく。


「あ、でもさ。電気止まってると、何も乗れないんじゃないの?」


 建物が見えてきた先で、桃瀬はぴたりと足を止め、問う。


「で、電気は必要ありません。ひ、必要なのは、足の力、です」


 考えないといけないことはたくさんある。だけど今だけは楽しんでもいいよね。


 ◇◇◇


 サイクルコースター。ジェットコースターと同じような構造。


 車両があり、座席があり、レールがあり、疾走感を楽しむアトラクション。


「いくよぉ? 準備はいい?」


「はい……お、思いっきり、漕いじゃってください」


 ただし、電気は必要なく、座席にペダルがついている。


 それを漕げば、自転車と同じ要領で、進む。漕げば漕ぐほど速くなる。


「じゃあ、遠慮なくっ!」


 隣に座る桃瀬は、安全バーをぐっと握りながら、足に力を込める。


「……っ!!!??」


 助走なんてなかった。ぐん、と山間の景色が動き、一気に最高速度に到達する。


「いやぁああああほぉおおおおうううう!!!」


「……は、はや、すぎぃぃぃぃぃぃいいいいっ!!!」


 一周、二周どころでは終わらない。止まらない。


 ぐるんぐるんと何度も周回し、風を切り、悲鳴が山に響き渡る。


 周りの目を気にする必要なんてない。ここにいるのは、ただの鬼とただの人。


(……もう少し、もう少しだけ、考えない時間が欲しい)


 嫌なことを今だけは忘れ、アザミは風と一体になっていった。


 ◇◇◇


 ハンドル付きのソリ。サイクルリージュ。


 目の前には、急な坂道があり、そこを下って楽しむ。


「ちょ、そっちは駄目だって!」


「……ふにゅっ!?」


 視界が悪いせいで、コースアウト。肘に擦り傷ができた。


 痛かったけど、気分は爽快。夜の坂道はすごく刺激的だった。

 

 ◇◇◇


 陸と水の上を走れる乗り物。水陸両用サイクル。


 平坦な陸路を走った先には、大きな水たまりがある。


 水陸両用だからペダルを漕げば、水たまりでも進む仕様だ。


「せっかくだし、ぱぁっとやっちゃおう!」


「あ、あんまり、は、はしゃぎすぎるのは――」


 言った瞬間、バシャーンと、水飛沫が舞う。


 強く漕がれて、乗り物は転覆。服が水浸しになった。


 でも、夜の学校のプールに忍び込んだみたいで、ウキウキした。


 ◇◇◇


 平坦なレールをゆっくり漕いで楽しむ。スカイサイクルウォーカー。


 高さ二メートルぐらいの位置に勾配のないレールがあり、漕げば一周できる。


「さぁ、ここも全力で楽しむよ!!」


「……ゆ、ゆっくり、お願いしまっ!?」


 風がびゅんと吹き、振り落とされそうになる。


「危ない!」


 でも、手を掴まれて、なんとか助かった。


 死にそうだったけど、スリルがあって楽しかった。

 

 ◇◇◇


 水浸しになったナース服も、夜風に当たって乾いてきた頃。


(……次で終わり。次で全部、決める)


 本当に色々な乗り物を楽しんだ。満喫した。そろそろ、現実と向き合う時間だ。


「これは、どんな乗り物なの?」


「ぺ、ペダルを漕げば、じょ、上空30メートルまで上がります」


 残るは、最後のアトラクション。サイクルパラシュート。


 長い鉄塔の上からロープが垂れ下がり、きのこ状の乗り物に直結。


 中には柵とペタルがあり、漕げば上にのぼり、大阪から神戸を一望できる。


「ほほぅ。そりゃあ、楽しみだ。じゃあ、今度も遠慮なく――」


 座席は二つ。隣に座る桃瀬はいつもの勢いで漕ごうとする。


「ま、待ってください。ここは、わたしが」


 だけど止めた。もう主導権は譲れない。ここだけは自分のペースで楽しみたい。


「……」


 軽く息を吸い、自分用のペダルに足をかけ、漕ぎ始める。


(おかしいな。ペタルが重い。前来たときは、もっと軽かったのに)


 違和感を覚えながらも、乗り物はロープに引かれ、緩やかに上昇を始めた。


「それで、何か悩みがあるんでしょ? 聞くよ」


 状況を察したのか、桃瀬は気さくに話題を切り出してくる。


 こちらに気を遣ってか、視線は合わさずに、景色を眺めていた。


 本当に頼りになる先輩だ。彼女を相談相手に選んで本当によかった。


「……わ、わたしが勝手に、775を辞めたら、どうします?」


 心置きなく、アザミは話を切り出した。


 あくまで相談。あるかもしれない未来の話。

 

「んー、ラッキーって感じかな。ライバルが一人減るわけだし」


 桃瀬は夜景を眺めながら、なんの戸惑いもなく語る。


「で、ですよね」


 桃瀬桃子らしい回答だった。初めて会った頃と変わってない。


 止められるなんて思ってなかったから、むしろ、心地が良かった。


(お願いするなら、今、かな)


 早速、本題を切り出そうとした時、桃瀬はこちらを見つめ、目が合った。


「でも、あーし個人。水瀬ひかるの意見は別だよ」


 そして、いつになく真剣な表情、真剣な眼差しで彼女は告げる。


「……え?」


 初めて聞いた彼女の本名。


 なんでもない情報のはずだった。


 それなのに、心が妙にざわつき、熱くなる。


(適当な返しじゃない。ちゃんとわたしを見てくれてる)


 恋だとか愛だとか、そんな浮ついた感情じゃない。


 本気で接してくれている感覚。言葉が魂に触れてきたような気がした。


「あーしはさ、こんな性格だから、ライバーの友達はいなかったんだ。表では仲良くしてるように見せてたけど、裏では別。あくまで、ビジネス上の関係って感じで、あーしの本名を知るライバーは、775にはいなかった。薊ちゃんを除けばね」


 そうして、彼女が語り出したのは、本音。


 本来なら、誰にも知られたくないような秘密。


「……」


 それを話してくれた意味ぐらいは、さすがに分かった。


 信頼してくれているんだ。775プロダクションに所属する誰よりも。


「だからさ、寂しいよ。どんな事情があっても、唯一の友達が抜けちゃうのはさ」


 声が震えていた。気になって、横顔を見つめる。


 そこには、大阪の夜景とともに見えた涙。一筋の雫。


 アトラクションは頂点に達していた。後は、落ちていくだけ。

 

「……あ、あの! ひかるさんに、一つ、お願いがあります」


「なに?」


「も、もし、わ、わたしが、引退するようなことがあったら、その時は――」


 終わらせない。この関係はこんなところで終わらせちゃいけない。


 千葉薊は、水瀬ひかるにとある願いを託す。そこで、デートは終わりを迎えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ