第24話 交渉
大阪城。天守閣に通じる桜門前。
白十字病院から、徒歩三十分ぐらいの場所。
石畳の橋があり、開かれた帝国風の城門に繋がっている。
城門の奥にはライトアップされた天守閣が見え、夜に風情を与えていた。
「6日後、ここでライブやるんだってな」
長い青髪に黒スーツがよく似合う女性は、天守閣を背に話を切り出した。
「い、いけませんか?」
返答するのは、ナース服に腰に刀を差したアザミだった。
(このパターン。いつもなら勘違い、だよね。ファンとかだったりして……)
淡い希望を頭に描きつつ、名も知らない女性の回答を静かに待った。
「ライブは辞退しろ。このままいけば、抗争が起きる」
だけど、違った。この人、ファンなんかじゃない。敵だ。
「……」
返事はしない。距離を取って、相手を警戒し、腰にある刀に手をかける。
「いいのか? せっかくのチャンスを棒に振って」
一方、彼女は構えもせず、冷ややかな目を向け、言った。
油断はできない。交戦する可能性を頭に残しつつ、思考する。
「……チャンス? な、なんのことです?」
ひとまずは、見に回る。
それが、わずかな逡巡の末に出した結論だった。
「775を抜けて、鬼道組に来い。そうすれば、僕が抗争を止めてやる」
鬼道組。775プロダクションでも、滅葬志士でもない第三の組織。
フェスを目前にして新たな敵。それも前回以上の重要な選択を迫られていた。
「……そ、即答、できません」
簡単に決断できるわけがない。自分だけの問題じゃないんだから。
「だろうな。返事は明日の夜。ここで聞いてやる。誰にも話すなよ」
返事を先送りにし、彼女とはそこで別れる。
大変なことになった。今度は乗り切れないかもしれない。
前とは違った不安を抱えたまま、アザミは夜の大阪の街へと消えていった。
◇◇◇
大阪府。道頓堀。組長室。
「どうやった?」
執務椅子に座して待つのは、灰色の着物に銀髪の女性。
花魁のような後ろ髪を巻いた髪型に、額に黒い二本の角を生やした鬼。
鬼道組組長――鬼道楓。
手にはキセルを持っていて、いつものクスリを嗜んでいるみたいだ。
「条件は伝えた。後は返事待ちだ。結果は明日の夜に分かる」
長い青髪に黒服を着た女性――ラウラは結果を端的に伝える。
「ごくろうさん。他のモンと違って、仕事早いから助かるわ」
「他のやつが僕より仕事が遅いだけだろ。それより、分かってんだろうな」
その視線は楓の方ではなく、後ろにあるもの。
ショーケース内に飾られた、赤い水晶玉に向いていた。
「天海宝玉のことやろ。分かってる。この件が片付いたら返すって」
天海宝玉――天候を操る力を秘めた物質。邪遺物。
ダンジョンからの流出品。それを回収するのが、本当の任務。
鬼道組で働いているのは、天海宝玉を担保に、借りを作ったせいだった。
「この仕事で最後にしてくれ。次はないからな」
落ち度があるとはいえ、いい加減、嫌気が差してきた。
こっちにも他にやることがある。この組ともこれっきりだ。
「そんなん言うて、今まで頼んだら手伝ってくれたやん」
「組長には借りがあるし、不義理な真似だけはしたくなかったからな」
ただ、義理だけは通す。それが、人としての最低限の礼儀だ。
相手がヤクザだろうと関係ねぇ。やることやらねぇと、心が腐っちまう。
「ほんまヤクザの鏡みたいな子やねぇ。いなくなるんは惜しいけど、仕方ない。そこまで義理果たしてくれたんなら、約束したる。これが最後の仕事や。その代わり、引き抜きの件は頼むでぇ。最後までがっぽり稼がせてや」
これで約束は交わした。結末がどうなろうと、これが正真正銘最後の仕事だ。