第19話 みやびフェス広島③
壱番ステージ。弐番ステージ。参番ステージ。
『も、モニターが壊れたのは、え、演出でした! すぐ、代わりが来ます!』
歌い終わった後、アザミは間髪入れずアナウンスした。
先の騒動が、あたかもライブパフォーマンスであったかのように。
◇◇◇
モーションキャプチャースタジオ。地下一階。
壱番ステージに出演する、ライバーが集まる場所。
「社長……今のアドリブで、全ステージの暴動が止まりました」
声をかけてきたのは、セミロングヘアの水色髪の鬼。
片耳には、通信用のインカムを装着しており。
みやびフェススタッフと背に白く書かれた黒のTシャツを着ている。
「至急、予備のモニターを配送してください。力を使っても構いません」
そう指示を飛ばすのは、キャプチャースーツを着たナナコ。
スタッフは、インカムで連絡を取り合い、慌ただしく部屋を出ていく。
「……まったく、とんでもないことをやってくれますね!!」
その背を見届けたナナコは、溢れ出る興奮と称賛の声を漏らしていった。
◇◇◇
モーションキャプチャースタジオ。地下三階。
防音されたこの部屋でも、バタバタと騒がしい足音が伝わってくる。
「これ全部、君の思い描いたシナリオだったってわけ?」
問いかけるのは、桃瀬桃子。
彼女の手腕を一番身近で体験した、鬼。
「……い、伊勢神宮ちゃんは、3Dモデルがありません、でした」
配信用の2Dモデルは、絵があれば動かすことができる。
でも、ライブ用の3Dモデルは別。手間もお金もかなりかかる。
事務所に所属しない個人のライバーが用意できる代物じゃなかった。
「それで?」
「……そ、それに、桃子さんみたいに、う、歌も踊りも、上手くありません」
「そだね。だから?」
「そ、そんな、わ、わたしが、足を引っ張らない方法を考えたら、これ、でした」
775プロダクションに所属するライバーは全員3Dモデルを持っている。
そんなライバーたちがいる中、2Dモデルのキャラが出れば見劣りする。
というより、ライブとしての質が落ちる。だから、視覚障害を利用した。
「理屈は分かるけどさぁ、それ襲撃を予期してたってこと?」
気になるのは、決め打ちだったのかどうか。
もし、予期した程度なら、あまりにも博打すぎる。
トラブルがなければ、この子は出演できる枠がなかった。
「め、滅葬志士を、モニターに誘導したのは、わ、わたし、です」
違う。いや、違った。
これは必然的に起こした事故だったんだ。
「……」
ライバーとしての才能の片鱗をまざまざと感じる。
これが、嫉妬、なのかもしんない。
歌も、踊りも、喋りも、何もかも上をいってるはずなのに。
「ぶ、舞台は今、独壇場。も、桃子さん。会場を温めてくれませんか?」
そう複雑な気持ちでいると、回ってきたのは最高のパス。
これ以上ない活躍の場。一生に一度、あるかないかの大一番。
嬉しくて体が震える。抱いてしまいたいぐらい、この子が愛おしい。
「……君、名前は?」
気付けば、そんなことを口走っていた。
一流と認めた相手にしか聞かないようにしてるのに。
「い、伊勢、神宮……」
聞かれた当の本人の顔色は、お通夜みたいに暗い。
名前を忘れられたと思ったのか、筋違いなことを言ってくる。
「違うよ、そっちじゃない。本名」
「ち、千葉薊。千葉県の、千葉に、は、花の薊です」
「うん、覚えた。ライブが成功したら、抱いてあげるから覚悟してね」
ぼんと爆弾が破裂する前みたいに顔が赤くなってる。
今すぐ、ここで食べちゃいたくなるほどのかわいい反応だった。
でも、今は我慢。この感情は、歌に、観客に、最高の舞台にぶつけてやるんだ。
◇◇◇
弐番ステージ。中央公園。最前列。
そこにあるのは、モニターの残骸と、大量のゴミ袋。
そして、各所のスピーカーからは、高音域が気持ちいいポップな歌声。
「いい? この残骸おさめたら、撤退するよ」
広島は、自らが招いた行いの後処理を率先して行っていた。
「ですが、姐さん。待っていれば、今度こそ鬼が……」
反論するのは、渋々ながら残骸を拾い集める一心だった。
「周りのお客さん見てみい。これ以上、わやできる?」
「……だとしても、滅葬志士の使命は鬼を葬ること。違いますか?」
「そら鬼は敵よ。……じゃけど、広島の皆をここまで楽しませる鬼は敵に思えん」
郷土愛。広島県を愛するがゆえの変化。心変わり。
与えられた使命を曲げてしまうほどのことが起きているんだ。
「……棟梁がそうおっしゃるなら、致し方ありません。ですが、いつか、俺が」
と何かを言いかけながらも、一心はゴミ拾いを進めていった。
◇◇◇
モーションキャプチャースタジオ。地下一階。
「モニターの再設置、完了しました。いつでも、いけます!」
入ってきたのは、水色髪のスタッフ。
時間は押しに押しまくり、22時を回っていた。
「よくやってくれました。後は、この私にお任せください!!」
その言葉に、ライバーや、スタッフが外に出ていく。
中に残ったのは、一人。今、やるべきことは一つしかない。
『臣民共よ。空を見上げよ! 月がよう見えておろう』
ここは聖域。誰にも穢されることのない神聖な場所。
『これこそが余が見せたかったもの。そして、余が用意した舞台』
かつての主人を思い浮かべながら、言の葉に魂を乗せる。
『さぁ、心して聞くがよい。余が歌う最後の曲の名は――――――月光』
これは戦い。鬼の暗い未来を光で満たすための、優しい戦争だ。