第18話 みやびフェス広島②
広島市内。中央公園。弐番ステージ。最前列SS席。
サッカーグラウンドほどある公園は満員。現在三曲目の準備中。
目の前には、巨大な四角いモニターがあり、それを大勢の人が囲んでいる。
「なかなかの歌唱力だ。心にずしんと響くものがある」
「楽しんどる場合? ここに来た目的、忘れたわけやないよね?」
そこには、制服を着た一心と、セーラー服を着た広島。
そして、滅葬志士の隊員、十二名が固まり、モニターを包囲している。
「もちろんです、姐さん。……ただ、この中に本当に鬼がいるんですかね」
「何を言いよるの。この子がそうじゃ言ったら、そうに決まっとるじゃろ」
そう言って、広島に、頭をわしゃわしゃと撫でられるのは、ジェノだった。
「……い、痛いです」
この一週間何もしなかったわけじゃない。
広島との信頼関係の構築。それに心血を注いだ。
「だったら、今すぐにでも――」
「待ち。叩くなら、徹底的にせんと意味ない」
「……かもしれませんが、具体的には、いつでしょう?」
「そんなん決まっとる。ぶちまわすんは最後の曲。ピークの時じゃ」
後は、鬼が出るか蛇が出るか。事態が動いた時に全てが決まる。
◇◇◇
ライブフェスのセットリストは全部で15曲。
現在、曲は順調に進行し、14曲目が終わりを迎える。
壱番ステージ。同時接続数424万人
弐番ステージ。同時接続数223万人。
参番ステージ。同時接続数72万人。
15曲目はみやびのターン。これ以上、数字を稼ぎようがない。
全員が死力を尽くして、策を講じて失敗したなら、諦めもついた。
――それなのに。
「……君さぁ、あーしたちのこと舐めてるの?」
「な、なんのこと、です?」
「フェスは次の社長で終わり。いつ歌うのさ。この作戦の立案者様は」
これまでは、この子がどうにかすると思って耐えてきた。
でも、もう、我慢できない。敗北は濃厚。空気なんて読めない。
「も、もうすぐです。たぶん……」
「いや、だから、あーしたちの出番は終わりだって――」
心に募ったイライラを吐き出しかけた時、異変が起きる。
◇◇◇
壱番ステージ。弐番ステージ。参番ステージ。
時刻は、20時を回り、日は陰り、辺りはライトアップされる頃。
『次が最後の曲となる。心して聞くとよい――』
と、みやびが曲名を言いかけた時、全ての巨大モニターの映像が停止した。
◇◇◇
壱番ステージ。広島城。本丸御殿広間跡。
そこに作られた城に見立てた土台。その上には巨大モニター。
広島城内のどこにいても、モニターが確認できるように、考えられた設計。
「……斬り捨て御免」
しかし、それは滅葬志士の一人。
青い制服を着た陰気そうな男が刀を振るい、両断。
エンタメを提供するための機材が、ガラクタと化してしまっている。
◇◇◇
弐番ステージ。中央公園。最前列。
「あー、手が滑ってしもうた」
振るわれたのは、拳。広島が放った一撃。
それにより、モニターが割れ、辺りは騒然としていた。
◇◇◇
参番ステージ。広島市民球場跡地。
中央には、巨大なモニター。辺りには観客で埋まっている。
「成敗、成敗、成敗!」
その中で一人、青い制服を着た様子のおかしい男が、跳ぶ。
「鬼は成敗!!!」
そして、男は、モニターの頂点に到達すると、踵を落とした。
ガシャンと音を立て、モニターは割れ、中身が露わとなっていく。
◇◇◇
6日前。広島県知事公舎、二階、和室。
九畳ほどの部屋。近くには敷布団が置かれている。
『ぜ、全ステージのモニターを、ど、同時に破壊するよう誘導してください』
右手にはまる黒い腕輪――リンカー。
それを使い、連絡するのは、青いジャージを着たアザミ。
『でも、中に鬼の皆さんがいるんじゃ?』
応答するのは、ジェノ。
ガンズオブインフェルノを共に生き抜いた仲間。
『か、構いません。後は、こ、こっちで、なんとか、します』
彼の長所と短所は、見ず知らずの人よりは理解してるつもりだ。
◇◇◇
弐番ステージ。中央公園。巨大モニター残骸跡。
観客は距離を取りながら、ブーイングの声が聞こえてくる。
「おらんね。どこにも」
ぽつりとこぼすのは、拳を振るった広島。
そこには、機械の山と、モニターの破片だけが残る。
「姐さん……壱番ステージも、参番ステージも、もぬけの殻のようです」
携帯の画面を見つめ、報告するのは一心。
「よかった……」
そして、ぽろりと本音をこぼしたのはジェノだった。
「坊主、お前……裏切ったのか!」
すると、一心は胸倉をつかみ、怒りをぶつけてくる。
「やめたり。この子が嘘をつけん性格なのは分かるじゃろ」
「で、ですが!」
「問題は、この子に嘘を吹き込んだやつがおる、ちゅうことじゃ」
広島は動じない。
向き合うべき敵をただ一人、見据えていた。
◇◇◇
モーションキャプチャースタジオ。
広島市内にあるビルの地下に作られた空間。
その地下三階。参番ステージのライバーたちはそこにいた。
「全ステージのモニターが観客に壊されたぁ!?」
携帯に耳を当て、怒号を浴びせるのは、桃子だった。
その反応を傍らで見守っているアザミもまた、携帯を耳に当てている。
「き、キクさん、聞こえますか。て、手筈通りにお願いします」
◇◇◇
ナナコスタジオ。コントロールルーム。
辺りには、複数のデスクトップパソコンとモニター。
それらは全て、フェスと配信を電子的に制御するために使われている。
「了解した」
そこにいたのは、黒服にサングラスをつけた、キク。
デスクに腰かけ、キーボードを叩きつつ、携帯の通話を終了する。
「さて、ここからが腕の見せどころ」
モニターは映像を伝えるもの。
観客に音を届ける手段は別にある。
「――音響機器は俺の領域だ。目にもの見せてやる」
カターンと心地のいい音色と共に、キクはエンターキーを押した。
◇◇◇
弐番ステージ。最前列。
モニターの残骸の上には、広島がいた。
「みんな、聞いて! 775プロダクションに属するやつらは全員、鬼! 人類の敵なんじゃ! こいつらに金を落とすことは、鬼の増殖に加担することになる! もう、このグループに二度と関わらんといて!!!」
行われるのはヘイトスピーチ。
真偽はどうであれ、信用を失わせるための行為。
「知らねーよ! クソアンチが!!」
「そうじゃそうじゃ!! 邪魔すんなカス!!」
「俺たちはライブを見に来たんだ!! 鬼なんて知るか!!!」
しかし、観客の不満は止まらない。
むしろ、明確な敵が現れ、さらに悪化しようとしていた。
「……あーもう、文句あるやつはかかってきい! うちが相手したる!!」
広島は治めるどころか、火に油を注ぐような言葉を発し。
「上等だぁ、ゴラァ!!」
「しばいたるから覚悟しとけよ、われ!!!」
「おーい!! こいつがモニター割りおった大たわけらしいぞ!!」
本格的な暴動が始まろうとしていた。そんな時。
『――――――――――――――――――――――――』
響いたのは、歌声。一切の淀みなく紡がれる音色。
心に染み込んでくるようなウィスパーボイス。間違いない。この声は。
「アザミさんっ!!」
そのおかげだったのかは、分からない。
「「「……」」」」
場はしんと静まり返り。確かに、暴動は止まった。