第14話 下調べ
広島県知事公舎、一階、会議室。
中央には長テーブルと、周囲には複数のパイプ椅子。
目の前にあるホワイトボードには、ライブフェスの資料が貼られていた。
「わ、わたしが、フェスに……?」
パイプ椅子にちょこんと座るアザミは聞き返す。
服装は、トレーニングウェアの上に、青いジャージを着ていた。
「はい。広島大阪東京共に、用意したステージは三つ。観客動員10万人の壱番ステージ。観客動員5万人の弐番ステージ。観客動員1万人の参番ステージです。私は壱番ステージで、アザミさんには参番ステージでライブを行ってもらいます」
説明するのは、赤いジャージを着た、引退配信を終えたナナコ。
目標は鬼龍院みやびの登録者数973万人を伊勢神宮ちゃんが超えること。
一緒にライブをして登録者を増やす作戦と思っていたけど、違うみたいだった。
「お、同じステージ……じゃ、ないんですね」
アザミとナナコは同日、同時間にライブを行う予定。
参番ステージは、メインの壱番ステージから、距離があった。
普通に考えたら人は来ない。大半が鬼龍院みやび目的で来るはずだから。
「甘い汁をすすらせる気はありません。実力で私を超えてください」
厳しいけど、彼女の言う通りかもしれない。
自分の力で上り詰めないと、この国はきっと変えられない。
「……わ、分かりました。あ、あなたを超えてみせます!」
向かう道は決まった。後は、自分のできることを精一杯やってみよう。
◇◇◇
広島市内。原爆ドーム前。広島市民球場跡地。
「こ、ここが、ライブ会場……」
アザミは、白黒の袴に着替え、会場の下見に来ていた。
本番は一週間後。ここにどうにかして、人を集めないといけない。
「い、壱番ステージは……」
目を向けるのは、夜の中、ライトアップされる建物。
「広島城……」
ライブ当日は、あの周辺に人が大勢集まる。
いや、違う。鬼龍院みやびの魅力が、人を引き寄せるんだ。
「君さぁ……伊勢神宮ちゃんの中身でしょ」
そう考えていると、背後から聞こえたのは、粘っこくて、頭に残る高い声。
「だ、誰……!?」
腰の刀に手を当て、振り返ると、そこには。
桃色のボブヘアに、黒いゴスロリ服を着た少女がいた。
頭には猫耳のカチューシャがある。恐らく、角を隠すためのもの。
「きしし。図星か。あーしは、775プロダクション所属、桃瀬桃子」
特徴的な笑い方をして名乗った名前は聞いたことがあった。
775の箱内では中堅どころ。登録者数は200万人ぐらいあったはず。
「……て、敵じゃない?」
「敵だよ。弐番ステージの中央公園では、あーしが歌うから」
気を抜いた瞬間、気を引き締められるような言葉を告げられる。
確かにそうだ。鬼は味方だけど、ライバー同士はどうしても敵になる。
「……」
なんて声をかけていいか、分からない。
お互い頑張りましょう。なんて言える立場でもないし。
「それよりさ。――社長が引退したのって、君のせいでしょぉ」
すると、桃子はにやつきながら言い放った。
表情と高い声のせいか、怒ってるようには見えない。
でも、社長が辞める原因を作ったんだ、怒ってるに決まってる。
「……だ、だとしたら、なんですか?」
ここで、きっと潰されるんだ。
内心びくびくしながら、探るように尋ねた。
「んー、控えめに言って、最高の仕事だよ。手間が省けた」
「……え? お、怒ってないんですか?」
「うん。そだよ。見て分かんない? 分かんないかぁ。君もまだまだだね」
どうやら、本気で怒ってなかったみたい。
というより、むしろ、好意的な反応のように思える。
「……ど、どうして、喜ぶんです?」
「どうしてだと思う? ヒントは、目の上のたんこぶ。だよ」
聞き返されたけど、半分答えを言ってるようなものだった。
「……し、視聴者の、奪い合い」
「その通り。社長が一番なんて気に食わなかったのさ」
Vtuberに興味を持っている視聴者には、限りがある。
その一番手が辞めるとなれば、視聴者は分散。かき入れ時。
「……」
理解はできる。できるけど、何か引っかかる。
その引っかかり、違和感の正体を探ろうとしていると。
「ありゃ、反応悪いな。同種のタイプだと思ってたのに」
「……ど、同種って?」
「鬼龍院みやびを超えたいんでしょ? どんな手を使ってでも」
そうか。タダで鬼龍院みやびが辞めるはずがない。
裏で卑怯な手を使って、辞めさせたと思っているんだ。
「……ひ、否定はしません」
実際、辞めさせた事実は変わらない。
理由は話せない以上、曖昧に返事をするしかなかった。
「じゃあ、提案なんだけどさ、あーしと弐番ステージでコラボしない?」
「……こ、コラボ? 許可なく、ですか?」
「許可はこっちが取る。早く有名になりたいんでしょ? あーしを利用しなよ」
甘い誘惑だった。当日は、ネット配信もある。
登録者数200万人クラスのこの人なら、反響もすごいはず。
「……よ、よい提案なのは、分かります」
「そうでしょうとも。断る理由なんてないよね?」
「で、でも、一番を目指す、あ、あなたになんのメリットが?」
だけど、損得のバランスがおかしい。
貸し借りが重い世界に身を置いていたから余計にそう感じる。
「星降る夜、聞いたよ。テンポもピッチも粗削りだけど、感情がこもってた」
「……あ、ありがとうございます」
「次に来ると思ったからコラボしてほしいんだ。あーしの上には行かせないけど」
初めて面と向かって褒められた。照れ臭い気持ちでいっぱいになる。
理由もそれで説明がついた。将来性を見越して唾をつけたい。というところ。
「……す、少し、考えさせてください」
ただ、即断はできなかった。
一人でやり切りたいという気持ちだってある。
「うん、分かった。返事は明日まで。社長に相談はなしだからね」
名刺を渡され、桃子とはそこで、別れた。
考えることがいっぱいだ。いったん帰って、作戦を練ろう。




