第13話 引退
「余は本日をもって、個人の活動を引退する」
鬼龍院みやびがインターネットに発した一言。
それは、Vtuber界隈にとどまらず、世界全土に波紋を生んだ。
――同時接続数509万人。
統一された言語には、国家間の壁はなく、多くの人が彼女の引退を惜しんだ。
「さよならは言わん。代わりとして、余を愛してくれた臣民に餞別をくれてやる」
鬼龍院みやびとしての幕引き。生前葬。エンディング。
スタッフロール風に、今までの名場面が切り取られ、流れていく。
:殿下;;
:おかしいな、画面が滲んでよく見えねぇや
:やめないでやめないでやめないで
:殿下に出会えたのが、人生で一番の財産でした
:最後まで楽しませてくれてありがとうございます、殿下!!
有終の美。最後までリスナーを楽しませる姿勢。
それが、彼らの心の奥深くに届き、感情を揺さぶった。
しかし、画面はブラックアウト。エンディングは終わってしまう。
:行かないで、殿下
:伝説の配信者だったな、一生忘れんわ
:惜しいな……もうちょっとで1000万人だったのに
コメント欄が暗いムードで包まれる中。
:本当にここで終わりなのか? まだ配信、途切れてないぞ
一人のリスナーが発したコメント。
:まだ何かあるのか?
:いやいや普通に切り忘れだって
:殿下が配信切り忘れたこと今まであったか?
:ドッキリ、とか?
:俺たちが傷つくようなドッキリを殿下がやるとは思えん
それにより、流れが変わる。
期待半分不安半分といったコメント欄。
何かあるのではないかと、気が気ではない様子。
そんな状態がしばらく続くと、とある目立ったコメントが投下された。
『鬼龍院みやび:余がこんなところで、終わると思っておるのか?』
放送主が直接打ち込んだコメント。
それがコメント欄上部に固定され、衆目にさらされる。
:お前ら、主コメ見てみろ!
:あ~情緒が壊されるんじゃ~
:おいおいおい、これってまさか……
:殿下復活! 殿下復活! 殿下復活! 殿下復活!
:いやいや、なりすましだろ
:なりすましを固定コメにするわけないだろ情弱
衆目は異変に気付き、期待が不安を上回っていく。
次の瞬間、放送画面が割れる。割れる。割れる。割れる。
:ふぇ!?!?!!
:くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」
:くるぞくるぞくるぞ!!
:まじで神
:全回転フリーズきちゃぁ!!!
:これだから殿下の推しはやめられない
:いや、落ち着け……殿下は一度口にした言葉は曲げないぞ
割れた画面の奥にみやびはいる。復活演出だった。
喜ぶもの、発狂するもの、冷静に受け止めるもの。様々いる。
「広島大阪東京で引退ライブ。みやびフェスを決行する。衝撃に備えよ!!!」
その反応に対する答えは、現実世界で終わりの場を提供すること。
誰も傷つかず、誰もが喜んでくれるような、配信者として満点の回答。
:うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
:はぁ!!?!???
:まじかよ!!
:激熱展開すぎんだろ……
:殿下は最後の最後までお美しい
真の有終の美を飾るための粋な計らい。
それが、さらなる熱狂を生み、今日一番の盛り上がりを見せた。
――しかし、この日。
登録者数970万人を超えた鬼龍院みやびのチャンネルは、突如削除された。