第11話 意思の力②
地下闘技場。
「くそっ、くそっ、くそっ!!」
右フック、左ストレート、右アッパーカット。
型なんてない。がむしゃらに、ジェノは拳を振るっていく。
「……」
決して、空振っても、避けられているわけでもない。
アミの腹に、腕に、顎に命中している。それなのに怯みもしない。
(あの頃と、何も変わらないのか、俺は……俺は……っ!!!)
修羅場を自分の力で何度も潜り抜けた自信はある。
だけど、強くなってない。あの頃からまるで変わってない。
強くなった気でいただけなんだ。武器の力を自分の力だと勘違いして。
「あぁ、人はなんと愚かなのでしょう。動物でさえ強者を避けるというのに」
拳からは血が滴り、痛みを通り越して、痛みを感じない。
アミはそれを涼しい顔をして嘆いている。本気を出すと言った癖に。
(がむしゃらに殴っても駄目だ。考えろ。考えろ。それしか能がないんだから)
相手とその周囲は十分観察した。
透明の壁みたいな初見殺しの手品じゃない。
鎧対裸ぐらいの絶望的な差。何かが明らかに欠けている。
(相手と周囲を見ても解決できないなら……)
自分を見る。赤く腫れ、血が滴る拳。
そして、その次に目に入ったのは、黒い腕輪。
リンカー。思念を使い、外部との連絡が取れる代物。
(これだ。これしかない。問題は誰に連絡を取るか……)
「おや? もう折れましたか?」
こちらの考えも知らず、アミは煽り立ててくる。
その間に、連絡を取る相手は決まった。上手く保証はない。
「一つだけ、約束してもらえませんか」
「うかがいます。私はこう見えて慈悲深いので」
「そこから一歩でも動かせたら、俺の勝ちにしてください」
だけど、試す価値はあるんだ。
この条件はなんとしてでも、通したい。
「いいでしょう。その代わり、動かなればそちらの負けでよろしいですか?」
「構いません」
よし、通った。だったら、後の行動は決まっている。
『神父さん。聞こえているなら、返事をしてください』
神父。所属する組織『ブラックスワン』にいる直属の上司。
彼は誓約を交わし、貸しを作った相手にとある能力を行使できる。
『なんだ』
その能力とは。
『俺を操って、目の前にいる人を一歩だけ、動かしてくれませんか?』
人体の遠隔操作能力。
可能だと聞いただけで見たことはない。
だけど、今ある手札の中で、最も勝率が高い切り札だった。
『貸し一つだぞ』
『はい。くれぐれも殺さないでくださいね』
その言葉を最後に、立ち眩みが起きたように、体の力がふっと抜けた。
◇◇◇
二度、瞬きをする。それだけで状況は飲み込めた。
「滅葬志士。それも棟梁クラスが相手か。こいつが敵わんわけだ」
ジェノの体を支配する神父は、冷静に状況を分析し、告げる。
「ペルソナ……。内に秘めた強いあなたを呼び出した」
「不服か?」
「率直に申しますと、底が見えて、少し興醒めといったところですね」
意思力を多少使える程度で舐められているらしい。
しかも、反撃するための拳もひどく痛んでしまっている。
――だが。
「死なないことを神に祈るといい」
こいつの体の期待値は神話級だ。
「何を、いっ、て……っ!!!??」
体の奥底にある導火線に火をつける感覚。
内に秘められた思いの強さが、力に変わっていき。
桁外れな生命エネルギー。銀色の光が体から大量に溢れ出した。
「底が……見えない……っ!!?」
相手は驚愕した顔で、たたらを踏み、一歩後退している。
「お前の負けだ」
役目は終えた。これで貸しの一つ得られるなら、安いものだ。