第10話 意思の力①
東京都内、滅葬志士総本部。地下闘技場。
円形のフィールドに、荒野を再現した赤い砂の地面。
客席はあるけど、観客はおらず、その中央で向き合うのは二人。
「勝てば、自由。負ければ、滅葬志士になる。よろしいですね?」
尋ねるは、セーラー服に長い紫髪を後ろで編んだ女性。
――臥龍岡アミ。
滅葬志士に所属する隊長格。仲間内では棟梁と呼ばれていた。
「分かってます。決着は、どちらかが諦めるまで。俺だけ武器は自由」
対するは、青い制服を着たジェノ。
右腕には黒い腕輪。通信手段のリンカー。
両腰には黒いホルスター。自動拳銃と深紅の右手。
グロッグ17カスタムと〝悪魔の右手〟が収納されている。
「ええ。刀を使えば、殺してしまいますからね」
相手は徒手空拳。拳を構え、待ち受けている。
「でも、使いません。俺だけ武器を使うなんて、卑怯ですから」
着脱式のホルスターを外し、こちらも拳を構える。
目的のためでも手段は選べ。と地下世界の人から教わった。
負けられないけど、武器を使って勝ったところで、成長は頭打ち。
格上相手に対等な条件で勝つ。最短で強くなるにはそれが一番のはずだ。
「心構えは一流。ですが、実力が伴わなければ三流止まりですよ」
「他人の評価なんてどうだっていいんです。俺は自分らしく戦いたい」
「折るべきは拳ではなく、心。……いいでしょう。本気でお相手致します」
勝敗はどちらかが、諦めるまで。
きっと、徹底的に心を折りにくるつもりだ。
「望むところ、で、す……」
威勢よく口火を切ろうとした時、寒気が走った。
相手は何もしていない。それなのに、体が動かない。
(……この感覚、知ってる)
同じだった。レオナルド・アンダーソンと問答をした、あの時と。
「どうかしましたか? まだ一歩も動いていませんよ」
「……偶然じゃない。見えない壁があるんですね。俺とあなたの間に」
「だとしたら?」
「心より感謝します。次に進むための足がかりになるんですから!!!」
絶対に掴んでみせる。この決定的な差を埋めるための何かを。
◇◇◇
広島県知事公舎地下一階。三十畳ほどはある広い空間。
冷たいコンクリートの壁で囲まれ、淡い照明が辺りを照らす。
そこにはトレーニング用の機材と、ボクシングリングが備わっていた。
「い、意思の力?」
リング中央にいるアザミは尋ねる。
右腕には黒い腕輪。リンカー。
両手には、青いボクシンググローブ。
服は、上下黒のトレーニングウェアを着ている。
「はい。センスとも呼ばれる潜在エネルギーのことです」
向き合うのは、赤いボクシンググローブをつけたナナコ。
上下白のトレーニングウェアを着ていて、背も胸も一回り大きい。
経験者なのか、軽いシャドーボクシングをしながら得意げに語っている。
「……も、もしかして、あの時」
思い出すのは、座敷での出来事。
異様に寒くて暖かいと感じた、あの時だった。
「やっぱり、感じ取ってたんですね。いいセンスしてますよ」
「で、でも、ほ、他に、やらないといけないこと、ありますよね……?」
政治協力を条件に出された、知事の課題が頭によぎる。
こんなことをしている余裕なんて、一秒たりともない気がした。
「鬼龍院みやびの登録者数950万人を、伊勢神宮ちゃんが超えること。政治関係者や有権者を納得させるだけの影響力をつけるのが課題、でしたよね。ただ、そっちにはアテがありますので、任せてください。それより問題は……」
グローブ越しの拳をこちらに振るい、顔前で止める。
その行為だけで、なんとなく察しがついてしまった。
「ふぃ、フィジカル?」
「正解! 前回みたいに邪魔が入っても助けられる保証はありませんからね」
彼女の言う通りだった。
どこかで確実に滅葬志士の妨害は入る。
その度に、前みたく、足がすくんでいたら意味がない。
「……お、教えてください。い、意思の力。センスのことを」
やるべきことは一つ。今よりもっと強くなるんだ。