第9話 セッション②
応接室にある革製の椅子にアザミはそっと腰かける。
「もみじ饅頭でも食べるか?」
県知事は、机の菓子受け皿から、もみじ形の饅頭を渡してくる。
「け、結構です」
今は何も喉を通る気がしない。
戦々恐々としながら、丁重に断りを入れた。
「……いらんか。ほんじゃあ、早速、本題に入らしてもらおうか」
県知事は少し寂しそうな顔を見せ、話を進める。
(きっと、いや絶対、値段交渉されるんだ……)
耳を塞ぎたくなるけど、聞かないわけにはいかない。
「鬼を生かすか絶やすか。この場で選べるとしたらどちらを選ぶ?」
びくびくしながら耳を澄ませ、聞こえてきたのは、想像とは違うものだった。
「……え?」
「ワイは絶やすべきじゃと考えとる。鬼はいわば、流行り病と同じよ。いっぺん広まりゃあ、際限なく増え続ける。その原因となる鬼を絶やせるのでありゃあ、絶やすべきじゃ。人のためを思やあ、特にな」
考えが追いつく前に、県知事は間髪入れず持論を語った。
身売りの話じゃなかったのは良かった。だけど、もやもやする。
「お、鬼だから悪いは、き、決めつけです」
気付けば、もやもやを晴らすように口が勝手に動いていた。
「であれば、どう良し悪しを定める。具体的な解決策はあるのか?」
後先考えずに話したせいか、考えがまとまらない。
考えがあっても、県知事みたいにすらすらと話すことはできない。
――それでも。
「た、例えば、裁判をする、とか」
「人より強い鬼が、出頭命令に応じるとでも?」
「な、ナナコさんみたいな、人間に親交がある鬼を、公安にする」
深く考えてもなかったのに、自然とあふれ出てくる。
なんなの、これ。心地いいような、気持ちが悪いような変な感覚。
「鬼の食糧問題。血の確保はどうする」
「け、献血に、お、お金を払えば足りる、かも」
「……実現するためには何をクリアせねばならんかな?」
恐らくここが重要。一番のネック。
絶対に超えなければならない問題点。
「憲法、9条改正……」
座敷で行われた二人の会話を思い出す。
鬼が人権を得るためには、避けては通れない道だった。
「うむ。若者の割に、筋がいい。それをお前さんの公約としようか」
「え、えっと、どういうこと、です?」
気持ち悪いぐらい、話がトントン拍子に進んでいた。
この人、さっきまで鬼否定派だったのに、意味が分からない。
「一か月後、東京の衆議院選挙に出馬してもらえんか」
「……えぇ!? ……わ、わたしが、せ、せ、せ、選挙!?」
どもりがいつもよりひどくなり、椅子から転げ落ちてしまう。
あまりにも重すぎる提案。今置かれてる状況に、全く理解が追いつかない。
「そうじゃ。こちらが頼む立場でなんじゃが、世間に認知され、当選濃厚となるラインとして、お前さんには、鬼龍院みやびの登録者数950万人を超えてもらう。帝国における鬼と人の人種問題を解決するために、ひと肌脱いでくれんか?」
そこで、今までのやり取りの意味がようやく分かった。
問答の先の景色。それを実現するための課題をくれているんだ。
答えは一つ。言わされたからやるんじゃない。アザミは自らの意思で口にする。
「……や、やります。わ、わたしに、できることなら、やらせてください!」