第8話 セッション①
低くうなるようなエンジン音が鳴り響く。
車内は揺れ、夜を照らす街灯の光が車窓から差し込んだ。
光の先に見えたのは、青の看板。道路の案内標識。その上矢印が示す先は。
「……ひ、広島」
ステッカーだらけの黒いミニバン。ワーゲンバス。
最大九人乗りの三列シート。その最後列の右隅にアザミはいた。
「あのー、太陽って、もう出てませんか?」
すると、二列目に横たわる棺桶。その中からナナコの声が聞こえる。
「だ、だいじょぶです」
「本当に、本当に、本当ですか?」
「姉貴、下道を走って十時間は経ってる。問題ない」
不安がるナナコに対し、運転席にいる黒服の人が返答する。
事務所にある座敷まで案内してくれた人だ。ただ、乗員はそれだけ。
――ジェノと、鏡の中にいるツバキの姿はなかった。
「襲撃があったのは昼過ぎで十時間足したら……朝っ!?」
「夜だ」
「はぅ……。算数できなくてごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」
びっくりするほどネガティブ反応をして、棺が開く。
出てきたのは、紅白の巫女服姿のナナコ。
弱音を見せる関係性からみて、二人の仲は深いのかもしれない。
「お見苦しいところをお見せしました」
「い、いえ。お、鬼が、太陽を怖がるのは、当然です」
鬼の弱点は太陽と角。どちらも生き死に関わる問題。
必要以上に外を怖がる気持ちは痛いほど理解できた。
「そ、それより、一体、どこへ?」
ただ、行き先が伝えられていない。そっちの方が問題だった。
「広島県知事公舎。地方公共団体の長に会いに行きます」
伝えられたのは、予期せぬ場所。一体、これからどうなるんだろう。
◇◇◇
広島県知事公舎。二百坪ほどの敷地内にある豪邸。
備え付きのガレージにミニバンを停車し、その二階。
「おー、ナナコ殿、よう来たなぁ」
出迎えるのは、横長の白い口髭を生やした男。
派手な勲章が複数ついた礼服を着る、白髪の老人。
広島県知事が待つ、応接室にアザミたちは訪れていた。
室内には長机があり、囲うように革製の椅子が置かれている。
「臥龍岡県知事。達者そうで何より」
鬼龍院みやびの皮をかぶるナナコは、握手を交わし合う。
(ここで、何をするんだろう……怪しい取引?)
不安だった。立ち寄ることは聞いたけど、何をするかは知らない。
「……相変わらず、ええ乳しとるの。揉んでもええか?」
すると、知事はナナコの胸元を見つめ、セクハラをしている。
この世で一番嫌いな人種。生理的に無理なタイプ。体がもぞもぞした。
「年上が好みか?」
「今ので萎えたわ。もう少し若こうて、ぴちぴちした……」
知事は次にこっちを、下心丸出しで見つめてくる。
(うぅ……これって、まさか、売られるわけじゃないよね?)
頭に浮かぶのは、嫌な妄想。鬼龍院みやびの中身を知った口封じ。
「お気に召したか?」
すると、ナナコは商品を勧めるように尋ねる。
「……サシで話す機会をもらってもよろしいか」
「元よりそのつもりよ。煮るなり焼くなり好きにするがよい」
最悪も最悪。話は悪い妄想の方へと転がっていく。
(ひぇぇ……。これから、わたし、どうなっちゃうの……)
こうして、何も聞かされないまま、県知事との対談が始まった。