06 なんだか楽しくなってきました
『どれがいい~?』
「え……っと、ど、どれでも……」
『じゃ~ね~、これ~』
「きゃわっ!」
精霊さんの問いに戸惑いつつ答えると、短剣の一つを無造作にポイッと投げられました。反射で思わず受け取ったものの、急だったので変な声が出てしまったのは許してもらいたいものです。
それに受け取りはしたものの、精霊さんに言われるまま人形に向かってこれを投げることはできません。普通の人形にしてくれれば問題ないのですが、何故殿下の姿を模しちゃったんでしょうか? まぁ、理由なら精霊さんは最初に言ってくれているのですが、すぐに飲み込めるものではありません。
『もっとそっくりにしたほうがいい~? いつものみたいな~』
「っ!? い、今のままで十分です!」
『そう~? えんりょはいらないの~』
とんでもない提案のせいで逃げられなくなった気がします。
だって、いつものみたいなということは、私が王妃教育の肩代わりをさせている身代わりと同程度、ということです。それはつまり、本人と瓜二つの人形ということに他なりません。
それは見た目だけに留まらず、触った感触や身体が持つ熱すらも再現しているのです。もう何年と、ほぼ毎日のように触れている私が言うのだから間違いありません。下手をすると動き出し、場合によってはしゃべりだす可能性すらあります。
そんな再現度の殿下人形に向かって短剣を投げる? 無理に決まっています。
だんだん精霊さんに追い込まれている気がしますが、このままグズグズしていると本当に実行に移しちゃいそうで気が気でなりません。
私は興味がないだけで別にそこまで殿下を嫌っているわけではありませんが、精霊さんが殿下を嫌っているように思います。なんでこんなに嫌われてるんでしょうか?
……はい、十中八九私のせいですね。
こうなったらもうやけくそです。誰かが来て不敬罪で捕まる前にさっさと精霊さんを満足させて終わらせちゃいましょう! なんだか最初と趣旨が変わってきている気がしますが、気にしてはいられません。
そうと決まれば早速……ん? 先ほど精霊さんから貰ったこの短剣ですが、これに刻まれている紋章……どこかで見たことがあるような気がします。でもどこだったでしょうか? 最近は勉強さぼっているのでわかりませんね。
「精霊さん、この短剣って今創った物でしょうか? もしくはどこからか持ってきたものなのでしょうか?」
『んとね~、やなやつらがもってたやつだよ~』
「やなやつ……」
精霊さんがここまで嫌うからには盗賊か、もしくは貴金属を集めている魔物か何かでしょうか? 伝説に謳われる龍なんかはそういう話も聞きますもんね。
……もしそうなら取り返しにきたりしませんよね? まぁ、紋章が何か思い出せない以上、気にしても仕方ありませんね。
「じゃあ、い、いきます!」
『いけ~!』
私は短剣を持って狙いを定めると、精霊さんの応援を受けてえいっと力いっぱいダーツの如く殿下の人形に向けて投げました。
「あ、あれ……?」
てっきり精霊さんが見せてくれた見本のようにサクッと気持ちよく突き刺さるものかと思っていましたが、予想に反して短剣はくるくる回転して殿下の人形にコンッと当たると跳ね返り、地面をコロコロと転がっていきました。
『おしい~』
「い、意外と難しいですね」
なんだかスッキリするどころかもやっとします。別に殿下の人形に短剣を突き立てたいわけではないですけど、このまま引き下がるのもどうかなって感じです。この気持ち、伝わりますでしょうか?
『じゃあ、つぎ~』
「あ、ありがとうございます」
精霊さんから2本目の短剣……ナイフ? を受け取ります。これにも何か見覚えがあるよう気がする別の紋章がありますが、今はそんな些細なことなんて気にしてられません。もやもやを解消するにはどうすればいいんでしょう?
『こうやったらきっとうまくいくの~』
「あぁ!」
ん~と頭を悩ませていると、精霊さんが手にちっちゃい、小さな精霊さんが持っているのでほんとにちっちゃい短剣を持つと、そのまま手を振り上げ、振り下ろす勢いのまま人形に投げつけました。
ヒュッと空気を割く音に遅れてガッと人形に突き刺さる音が届きます。その小さな短剣が刺さった場所が殿下の目にあたる宝石部分で、見事な宝石には短剣を起点に放射状に亀裂が生まれていました。た、高そうなのに、いいんでしょうか?
『れてぃにもできるよ~』
でも、精霊さんは一切気にした様子はありません。この殿下の元になった材料もどこからか持ってきたものなのでしょうか? それとも新しく産み出したもの? これも考えてもキリがないですね。それを言い出したら、いつもの私の身代わりは一体何でできているんだって話になりますから。考えたくもありません。
今はもやもやを解消する為に精霊さんのアドバイスに従うのみです。ダーツのようにまっすぐ投げるのではなく、振りかぶって……投げる!
先ほどとは異なり、スコッと気持ちのいい音と共にナイフは殿下の脳天に見事に突き刺さりました。何とも言えない満足感が私を満たします。
なんだか楽しくなってきました。やってはいけないことをしてる背徳感、ドキドキします。
「や、やりました!」
『れてぃすごい~! どんどんいこ~!』
「は、はい! 任せてください!」
なんだか気分が高揚した私は精霊さんに進められるがままに短剣やナイフを受け取り、それを殿下もどきの人形に投げ続けました。精霊さんが言った通り、ちょっとスッキリしたのは内緒です。
はっと我に返った時にはもう遅かったです。目の前にあるのは身体のあちこちに短剣やナイフが突き刺さった殿下にしか見えない木製の人形。傍に立つのは運動して少し汗をかいて満足感いっぱいの私。
や、やってしまいました。これ、誰かにバレたら完全に極刑ものですね。すぐに片づけてもらわないと、なんて考えていると扉の外からドタバタと複数の人がこっちに向かって走ってくる音が聞こえてきました。
「え? い、今、このタイミングでくるんですか!? どどど、どうしましょう!」
もうパニックです。しかも相手は私にとってさらに都合の悪い人たちでした。ドンドンガチャガチャとドアを叩き、扉をこじ開けようとする音とともに声が耳に届きます。
「お嬢様! そこにいらっしゃいますか!? 私です! ソフィアです! ご無事ですか!」
「鍵は何処だ!」
「職員室にあると思いますが……」
「そんなの待ってられません! お嬢様! もし扉の前にいらっしゃったら離れてくださいね!」
わぁー! よりによってソフィアです! 私の侍女の! それに殿下とこの声は次期宰相候補と名高いシュベルツ様でしょうか。まずいです。まずいです。テンパって頭がうまく働きません!
「はぁ!」
せ、精霊さん! お願いします!
私がなんとか事態の収束を図ろうと精霊にお願いした瞬間、鍵が締まった扉がソフィアの蹴りを受けてくの時になってぶっ飛びました。