05 精霊さんと遊びます
椅子に座って足をぶらぶらと揺らしながら背もたれに身体を預け待ちの姿勢に入るのですが……
「暇ですね」
せめてベッドがあれば寝ることもできたのでしょうが、流石に学園の物置部屋に閉じ込められている状況で寝るのは、何かあった時や誰かが鍵を開けて入って来た時に不味い気がします。それくらいの常識は私だって持ち合わせているのです。
これ、待っていても誰か見つけてくれるのでしょうか? いまいちあの騎士のやりたいこと、思惑がよくわかりません。乱暴にするでもなく、怒鳴るでもなく、強制するでもなく、無言で誘い、閉じ込めたらさっさと去っていきましたからね。何がしたいのかさっぱりわかりません。まるで悪い事をして物置に閉じ込められた子供の気分です。味わったこと、ありませんけど。
子供だって理由もわからず閉じ込められたら、怒るか、遊ぶだけじゃないでしょうか。反省なんてしようがないですしね。
でも遊ぶといっても、ここには何もありません。いえ……そうですね。試してみましょうか。私には強い味方がいるのですから。
「精霊さん、精霊さん。暇なので一緒に遊びませんか?」
『いいよ~』
「え!?」
まさか、返事が返ってくると思ってなかった私は驚きました。今まであの方以外は私にだけ見えるただ光った玉だったはずの精霊が、光る羽がはえた妖精のような可愛らしい手のひらサイズの少女の姿で目の前に現れたのですから。
「精霊さん……?」
『えへへ~、そ~なの~。おねがいじゃないおさそいははじめてなの~』
「そうでしたでしょうか?」
確かに、一般的な精霊は基本個々の意識がないものと思っていたので、こちらの要望を伝え、現象を引き起こしてもらう存在としての認識しかなかったように思います。
今もどちらかというと暇つぶしできる何かを精霊さんに出してもらおうという思いの方が強かったのです。まさか精霊さん本人が遊び相手になってくれるなんて思ってもいませんでした。
『さっきはむかつくやつをこらしめさせてくれなかったから、さびしかったの~。みずくさいの~』
「む、むかつくやつ……ですか?」
も、もしかして殿下の事でしょうか? 私が殿下に興味ないせいで、精霊にいらぬ誤解を与えているような気がします。ふわふわにこにこした可愛らしい顔から、そんな物騒な言葉が出てくるのに違和感しか感じません。変な事口走らないでよかったです。
別に王妃の立場が嫌なだけで、殿下に恨みがあるわけじゃありませんからね。それに、王族を傷つけたら例え婚約者と言えど罪にとわれ、最悪死刑になりかねません。それは望むところではありませんし。
あくまで殿下から婚約破棄の提案があり、それに私が同意しただけでこちらには何も非がない、というのが重要なのです。家族にも迷惑はかけられませんからね。あ、王妃教育が進まないことについての文句は別ですけど。そんなものは適当に聞き流せばいいのです。
私が考え込んでいると、精霊さんがふわふわヒラヒラと淡く光るワンピースをひらめかせながら近寄ってきました。その目は期待に満ちて輝いています。
『なにしてあそぶ~?』
「そ、そうですね。逆に何かしたいことありますか?」
『ん~?』
精霊との遊びなど考えたこともなかったので何も思いつきません。精霊は私たち人が扱う魔法とは全く異なる現象を瞬時に起こすことができるので、何ができて何ができないのか、いまいちよくわからないんですよね。
私の代わりに王妃教育を受けてくれる身代わりを~なんて適当な願いを伝えれば、私と瓜二つの人形が目の前に現れ、そそくさと王妃教育に向かっていきましたからね。最初はびっくりして精霊さんに隠れて尾行したい旨を伝えて後を追いかけたら、本当に王妃教育を誰にもバレずに受けてましたからね。
戻ってきた時はこれどうしようと思いましたが、私が触れると記憶を引継ぐかの問いが頭に浮かび、了承するとどっとした疲れと共に人形の記憶がドバーッと流れ込んできたんですよね。2回目は思わず拒否したらサラサラッとそのまま消えてしまいました。
思考を逸らしているとうんうんと頭を悩ませていた精霊さんが何かを閃いたように、ぱぁっと笑顔を輝かせました。手を上げて宣言します。
『まとあてごっこ~』
「的当て、ですか?」
お祭りのときとかに屋台で開かれているようなものでしょうか? でも、この部屋に何か的当てに使えそうなものは……
キョロキョロと見回してみても、何かの道具や椅子、書類、机などはありますが、投げるのに適したボールや矢のようなものは特に見当たりません。
「せっかくの提案ですけど、いいものがありませんね」
『だいじょ~ぶ~』
そう言って精霊さんが手を壁に向けて振り上げると、光輝き、何かが現れ始めました。
「え?」
何もなかった場所に突如生み出されたのはどことなく誰かさんの雰囲気を感じさせる木製の人形のようでした。人型で、カツラをかぶり、豪華な衣服を身にまとっています。目には宝石のようなものが埋まっており、高貴さすら感じます。
はい。どこからどう見ても先ほど別れたばかりの殿下ですね。
『きらいなあいてにまとあてするとすっきりするの~』
そう言って精霊はどこからか取り出した綺麗な短剣を宙に浮かべると、ヒュッと殿下に似せたその人形に向けて放ちました。スコッといい音を立てて短剣は見事に人形の腕の部分に突き刺さります。
「え?」
あまりの事態に困惑が隠せません。でも、精霊さんはそんな私に構うことなく新たに短剣を宙に浮かべていきます。デザインはバラバラで異なるものの、どれも高そうで、数は10本近くあります。
『はい、れてぃのぶん~』
「……え?」
まさか、私にも殿下を模した人形に向かって投げろと言う事でしょうか? いつの間にか仇名で呼ばれていることが気にならないほど、どうするのが正解かわかりません。