私はエイミー・ムーン
二話目です。
よろしくお願いします。
ジャスティスがエイミー・ムーンの元に向かう姿勢を見せると、教室の窓ガラスに『図書室』と赤い文字で浮かんで来た。どうやらエイミー・ムーンはジャスティスを歓迎するつもりのようだ。わざわざ掲示板を通して自分の居場所を伝え、「来るならおいで」と言わんばかりである。
ジャスティスはすぐさま図書室に向かって走り出すが、クラスメイト達の様子がおかしい、すれ違いざまに、何やらおかしな言葉をジャスティスに投げかけてくるのだ。
「偽善者、ジャスティス・ソール」
「とんだ自己陶酔者」
「あなたの正義は嘘と真実の狭間にある、言わば中途半端な粗悪品のジャスティス...」
しかし声の響きがおかしい、皆、地声なのだが機械的で無機質な声の出し方だ、もしエイミー・ムーンがクラスメイト達を遠隔操作して自分に話しかけてきているのなら、これが惑わしを本分とする魔女なりの流儀と言うところなのだろう。
恐らく、軽い挨拶代わりなのだろうが、ジャスティス自身は、これらの発言に多少の迷いを感じていた、が、迷うならば物事が解決してから存分に迷おうと瞬時に心を切り替えたのだ。
今は迷ってはいけない、迷いは停滞を、停滞は臆病を、臆病は正義を心から追い出してしまうからだ。
いずれにしろ、自分はまずエイミー・ムーンに会う事が肝心だと思った。眼前で起きている現実離れした現象も結局はエイミー・ムーンに会わなくては解決しない、『魔女』の存在の真贋の有無も、その目で確かめるしか術が無いのだ。
ジャスティスが図書室の扉の前に来ると、扉は自動で開き出す、ジャスティスが図書室に一歩足を踏み入れると、世界が変換されるような違和感を感じる。部屋内は明らかに通常の図書室より広くなっていて構造も違っている。あのホコリ臭くて狭いハズの図書室がまるで貴族の宝物庫のように美しく優雅に整えられているのだ。
周りを見渡すと数十人の生徒が意識を失ったまま壁に吊るされている。先程のクラスメイトもそうだが、ジャスティスが不思議に思ったのは、この部屋に入ってクラスメイトの姿を見るまで、壁に吊るされているクラスメイトはおろか、他の数十人のスクールメイトの存在すら忘れていた事だ。
思い出して見ればここ数ヶ月間で生徒達が徐々に行方不明になっていたのだが、いつしか忘れ去ってしまっていた。果たして数十人の生徒が徐々にとはいえ行方不明になりながら全校生徒や教師達までもが忘れ去ってしまうなどというがあるだろうか?
それに部屋内から先程まで悲鳴の絶えなかった教室の方を見てみると、まるで何事も無かったかのように通常運転をしているのである。ジャスティスが教室の生徒に大声で呼びかけても返事ひとつ無い、というより見えてすらいないようである。
「記憶の改ざん?認識の書き換え?いや、そんな事は世界一の魔力使いにだって不可能なはずだ…」
ジャスティスがその場に立ち尽くしていると、いつの間にか前方にはテーブルが、そして後ろには椅子が配置されており、メイド服を着たマネキン人形がジャスティスに向かって椅子に座るように仕草でうながしてきた。
「エイミー様にお会いしたければオカケクダサイマセ」
マネキン人形が喋った…
マネキン人形に魔力を宿らせて操るなど、この世界の常識から見てもあきらかに現実離れしている。仮に『大魔力使い』と呼ばれる者であってもせいぜいマネキン人形の片足か片腕に魔力を宿すのがやっとだろう。ましてや自在に操り言葉まで発声させるなど人間であれば絶対に不可能な事だった。
こんなに強大な魔力を持ち自在に扱うなんて、エイミー・ムーンは本当に魔女なのだろうか?
ジャスティスは多少の警戒をしながらマネキンメイドの言う通りに椅子に腰をかけた。ただ危害を加えられる可能性も少ないだろうとも感じていた。もしエイミー・ムーンがジャスティスに危害を加えるつもりならば、とっくにやっていただろうし、そもそも魔力最下値の自分に対してエイミー・ムーンが罠をはる必要などないのだ。
要するにエイミー・ムーンはジャスティスを全く危険視していないのである。それはこの部屋に来るまでにも、そして来てからの対応でも分かることであった。
ジャスティスが囲むテーブルの上に突然、紅茶とクッキーが現れる。そして魔女エイミー・ムーンもジャスティスの眼前の椅子に霧のようにスっと腰掛けざまに現れたのだ。エイミー・ムーンは優美な仕草で紅茶を一口飲むとジャスティスに挨拶をしてくる。
「初めまして、ジャスティス・ソール。私がエイミー・ムーンです」
「ああ、遠目に見た事がある、君の目付きの鋭さは親譲りだろうけど、その綺麗な亜麻色の髪は誰譲りなの?」
「ジャスティス・ソール、レディに対して不躾な質問は失礼ではなくて?」
「済まないが、僕はこの通りの性格なんだ、だから許して貰えないかな?僕も君が魔女であろうとも気にしないのだから」
エイミー・ムーンは薄く笑う、ジャスティスのバカ正直さと未熟な平等感を小気味良く思ったからだ。
「フフッそうね、許してあげる、せっかくのお話し相手ですし…他の人と違って貴方からは面白いお話しも聞けそうだから」
話相手?エイミー・ムーンはジャスティスを話相手とする為に、ここに案内したのだろうか、だとしたら率直に物を言うべきだとジャスティスは思った。
「エイミーこんな所にいても退屈だよね?壁に吊るされているスクールメイト全員を解放して君もここから出るべきだ」
ジャスティスが発言した直後にマネキン人形が腕に仕込んでいるナイフをジャスティスの首に当ててきた。これはエイミー・ムーンの警告である。
「余計な事は言わないように…ね?貴方は私の退屈を紛らわせばそれで良いのよ」
いつの間にかジャスティスは数十体のマネキン人形に囲まれている。だが、ジャスティスに怯んだ様子は無い、むしろ凛として静かな佇まいだ。死地に腹を決めた男子の顔だ、エイミー・ムーンはそんなジャスティスをいたく気に入ったようである。
エイミー・ムーンは意図的に話題を変えて、そのまま、他愛の無い話をジャスティスに持ち掛けるのだが、ジャスティスは素直過ぎるぐらい素直に会話に応じてくるのだ。
「ジャスティス・ソール、失礼ですが貴方は銃を自分の武器として選んだらしいですね、何故かしら?」
「そうだな…銃ならカッとなっても他人を傷付けなくて済むからだね」
「他人を傷付ける事はお嫌いなのかしら?」
「ああ僕はジャスティスだよ?当然さ」
エイミー・ムーンは無邪気なジャスティスの返答に思わず笑ってしまう、何しろジャスティスの答えには淀みも他意も無いのだ、短い会話の中でエイミー・ムーンは知らず知らずにジャスティスに心を開いてしまっていた。
時にジャスティスが体験談を話しエイミーが感想を述べるとお互いに思わず大笑いしてしまう場面もあった、エイミー・ムーンが不思議に思うのはジャスティスにとって現状は何も変わっていないし結局はジャスティスにとっても囚われたスクールメイト達にとっても極限状態である事に変わりは無かったのだ。しかし場の空気は和やかで楽しいのである。
エイミー・ムーンはジャスティス・ソールと言う人間がどういう人物かわかった気がした。そして、だからこそジャスティスは何度でも率直にスクールメイト達の解放を求めてくるであろう事も予想出来た。案の定、話が止む頃にジャスティスは皆の解放を求めてきた。
「エイミーそろそろ下校時間だ、君の家はどこか分からないが、僕は家にかえらなきゃいけない、明日またここに来るからクラスメイト達は解放してくれないか?」
エイミー・ムーンの表情が険しく変わる。人間には人間の考え方が、魔女には魔女の考え方と言う物があるという事をジャスティスはこれから嫌という程、思い知る事になるのだ。
「そうね貴方以外は皆、解放してあげます、眺めていてもつまらないですから…」
「ありがとうエイミー・ムーン」
エイミー・ムーンはスクールメイト達を全員解放すると皆、何事も無かったかのように全員教室で帰り支度をしている。やはりエイミーは記憶や認識を改ざんしているようだ。ともあれジャスティスはスクールメイト達の無事を見届けると自身も部屋を出ようとした。
しかし、扉の前にエイミー・ムーンが立ちはだかりジャスティスを通そうとはしない。
「ジャスティス、私は貴方以外は解放すると言ったのです、だから貴方はここに留まらなければならない」
「なんだって?」
「この部屋にいる人間は貴方だけで良い、ジャスティス、貴方は私と永遠にこの部屋にいるの」
「エイミー・ムーン、君は何を言っている?」
「魔女としての正論よ。気に入った殿方は永遠に自分の虜にするの」
「僕は永遠を生きられない」
「私が生きれるようにしてあげる」
「悪いが断るよ」
「そう…ならお死になさい」
ジャスティスはエイミー・ムーンの考え方を理解出来なかった。それもそうだ、気に入った相手でさえ自分の思い通りにならないと殺害すると言うのだ。しかも永遠の時を共にしてくれと無茶を言う。ジャスティスにとってそれはあまりにも歪な完璧主義者の姿だった。
「エイミー、僕をその強大な魔力で強制的に虜にすれば済む話じゃあないか!やるならやりたまえ!きっと君は何も手に入れる事は無いだろう!」
「貴方は知らないのね、魔女は抑えられ衝動を持っているの、それはどんなに欲しても手に入らない宝物をズタズタに破壊したくなる情熱…」
「確かに知らなかった、でもねエイミー…」
「魔女の独占欲の最上は見初めた相手を破壊する事なのです、私は貴方を破壊して心中より溢れ湧く喜びと恍惚を味わってみたい、いいでしょ?ジャスティス…」
エイミー・ムーンはジャスティスを妖艶な表情で眺めていながらに、凄まじい殺気を放って来た、それは色香の混じった恐ろしい殺気だった。ジャスティスは魔女エイミーの毒気に当てられて動けない。それは生まれて初めて感じた心の奥底からの恐怖だった。
この時ジャスティスは瞬時に悟った、エイミー・ムーンは自分にとっての捕食者なのだ。戦わなければならない、戦わなければ生きては帰れない、ジャスティスは生まれて初めて己の生き残りを賭けて戦う事を決意したのだった。
エイミー・ムーンがゆっくりとジャスティスの側まで歩み寄って来る。そしてジャスティスが教室でエイミーに向けて言った言葉と同じような事をあえて言うのだ。
「ジャスティス・ソール、私の名はエイミー・ムーン、今から貴方のそばに行く…」
彼女なりに好意を持った異性に合わせているつもりなのだろうか。ジャスティスは自身の中のエイミー・ムーンに対する恐怖を必死に押し殺し、半ば反射的に二丁の銃をエイミーに向けて構えるのだった。
三話目も頑張ります。