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その後、何度かの食事という体裁を取ったデートの後で斎藤が交際を申し込んできた頃には、今日子もまたすっかりその気になっていた。
とはいえ、中年を感じさせないルックス、取締役という地位、異性の扱いも気遣いも申し分ない斎藤に女の影――もっと言えば家庭がないとは微塵も考えていなかった。
だが、今日子がそのことについて気に病むことはほとんどなかった。
他の誰でもない、斎藤自身が告白してきたからだ。
「君の薄々感づいているだろうが、僕には結婚歴がある。子供もいる」
「結婚歴っていうことは……」
「うん、五年前に離婚している。だが、元妻とは協議離婚が成立しているし、月々の養育費もきちんと送っている。もちろん、他の女性と付き合っているということもない。元妻を幸せにできなかったことは不徳の致すところだが、それ以外に恥じるようなことは何一つないつもりだ」
言葉も、そして眼差しも、すべてが真摯な斎藤を、今日子はとりあえず信じることにした。
そう、とりあえず。
大企業の取締役にまで上り詰めたビジネスマンだ、証拠の一つも提示の無い話を鵜呑みにするのはリスクを通り越して愚かでしかなかったし、キャリアウーマンを自負する今日子の経験が疑問を投げかけていた。
だが、理知的でそれでいて純真な一面もある斎藤のギャップにすっかりやられてしまっていた今日子は、そのくらいのリスクは負ってもいいかなという気になっていた。
適度な火遊びはむしろ恋愛のモチベーションアップにつながる。
その辺りは今日子も、非日常に憧れるありきたりな女のカテゴリから外れることはなかった。
そんな、アジサイ色のような気持ちで付き合い始めて三年半。
斎藤の魅力にますますハマって言っていた今日子の思い出が一気に色褪せたのは、四か月前のことだ。
ある日の休日。
斎藤と予定を合わせたはずが二日前にドタキャンされ、不機嫌モードを引きずったまま一人近くのアウトレットモールをぶらついていた今日子。
特に買いたいものも見つからず、あてどなくその辺を眺めていたのが悪かった。
急遽社内の打ち合わせが入ってしまったと言っていた斎藤が、七歳くらいの女の子と手を繋いで楽しそうに某ファストフード店から出てきたのを見てしまったのだ。
「な、なに、あれ……?」
その親密さから、迷子の親探しを手伝っているようには見えない。間違いなく親子の関係だろう。
当然、斎藤から離婚して離れ離れになっている子供がいると聞いている今日子は、それだけでは驚かない。
問題は、斎藤から聞いていた10歳の男の子ではなかった点だ。
「っ!?や、やあ、今田さん。奇遇だね……」
「え、ええ、お久しぶりです、斎藤さん。前回の研修以来ですね」
思わず凝視していたことで見つかってしまった失態を心の中で罵りながら、ぎくりとした顔を見せた後で挨拶してきた斎藤に、なんとか言葉を返す。
「お子さんですか?確かお子さんは男の子が一人いると聞いた覚えがありましたけど、私の記憶違いかしら?」
「あ、ああ……。いや、それはまあそうなんだけど……」
「パパ?」
「……すまない。今日はオフなんだ。後で連絡する」
「あ、はい、お疲れ様です」
そんな、初対面の時よりもよそよそしい会話だけで去って行った斎藤。
そっけなくすれ違って行った斎藤を見ようと今日子が振り向くと、これまでの関係が何だったのかと疑いたくなるほどの幸せそうな笑みを女の子に向けていた。