25〜27
25
「それにしても、アリスがあそこまでびっくりするとか思わんかったわぁ」
女子寮談話室。
無事誰にもバレる事なく戻ってくることができた俺は、ロゼッタの疲れたような声に苦笑いを浮かべていた。
正直、あれには俺も驚いた。
まさかあそこまで──反射的に剣を振り回すほど驚くとは思わなかったからだ。
「しっ、仕方ないじゃない! だってロゼッタが変なこと言うから!」
ぷんすこ怒りながら、アリスが腕を組んでそっぽを向く。
「それにしても、どうしてそんなにお化けが怖いんだ?」
急に出てきてびっくりしたりとか、幽霊が出てきて金縛りにあったりとかは確かに怖いが、この世界は元は《ノタリコントラクト・オンライン》というゲームだ。
出てくる幽霊は全てアストラル系、あるいはアンデッド系呼ばれるタイプのモンスターなので、聖属性のアーツや『聖水』と呼ばれるアイテムさえ有れば倒すことは可能だ。
物理はちょっと……いや、かなり効きにくい難敵ではあるものの、基本的に倒せない相手では──。
と、そこまで考えて、まさかとある説が思い浮かぶ。
そんな俺の雰囲気を感じ取ったらしいアリスは、諦めたように答えを口にした。
「……だって、あいつら剣で斬っても斬ってもまったく倒れないじゃない。むしろなんか元気になっていってるっていうか……気持ち悪いのよ……っ」
わなわなと声を震わせながら告げられたそれは、なんというか、アリスらしい答えだった。
彼女は強い。
物理的にもそうだし、何より気が強い女の子だ。
きっとお化けが怖い理由もそんなことだろうとは予想していたが……。
「プハッ! アハハハハハハ! ベタ! めっちゃベタやん何その理由! アハハハハハハ!」
突然、ロゼッタがお腹を抱えて笑い出した。
それに釣られて、俺も思わず失笑してしまう。
「ちょっ、マーリンまで!? なんでそんなに笑うのよ!?」
心外だとばかりに地団駄を踏みながら詰め寄ってくる。
その顔は羞恥に赤く染まっていて、しかしどこか楽しそうに見えた。
「もうっ。じゃあロゼッタ、あなたはどうなのよ? 何か怖いものとかないわけ? 笑ってあげるからあなたもはやく答えなさい」
「だってさ、ロゼッタ。特に無しとかは無しだぞ」
「マーリン、あなたもだからねっ!」
「えっ!?」
「えっ!? じゃないわよ! ロゼッタと一緒になってゲラゲラ笑ってたくせに!」
「いやだってあれはロゼッタに釣られて──」
「ダメよ、あなたにもちゃんと白状してもらうんだから!」
両腰に拳を当てながら、ズイと迫るようにして言いつけるアリス。
あぁ、参ったな。こんな事になるなら、あの時無理やり彼女の顔を覗こうとするんじゃなかった。
……いや、ロゼッタのことだ。
もしかすると俺が何もしなくても、彼女はきっと同じようにアリスをからかったに違いない。
(諦めるしかないかな……)
こうして、俺たちの嫌いなもの合評会が幕を開ける事になった。
26
「──冒険者のパーティは、基本的にアタッカー、ディフェンダー、そしてアシスタントの三種類の役割がある」
冒険者学校、第三アリーナ。
入学式の日にアリスがカナミ先生と模擬戦をしたあの場所に、俺たちのクラスは集められていた。
「モンスターを攻撃する役がアタッカー、アタッカーをサポートする役がアシスタント、そしてアシスタントを護るのがディフェンダーだね。だから、基本的に冒険者がパーティを組む時はスリーマンセルになるんだ」
科目の名前はパーティ戦闘演習。
冒険者パーティにおける戦闘の基本的なセオリーを学ぶ授業だ。まだ始まって間もないからか、ゲーム時代のパーティ戦闘の基本とほとんど変わらない事しか説明されていない。
俺は体操服の赤いジャージに着替え、地面に腰を下ろしながら担当のカナミ先生の話を半分聞き流しながら頷いていた──ら。
「じゃ、あ〜……マーリン」
「っ!?」
ちゃんと聞いていないことがバレたのか。不意にカナミ先生が俺を名指ししてきた。
驚いて声を出さなかったことを褒めて欲しい。
「君、先週寝てたし、この程度の基本知識は全部持ってると思って質問しよう。パーティでの戦闘において、最も重視しなければならないファクターは何かな?」
理由はさておき、きっちりサボっていたのがバレていたらしい。俺は一瞬気まずい顔を向けると、その場で起立して即答した。
「信頼関係です」
「へぇ。そのこころは?」
「信頼関係が築けていなければ連携がまともに取れません。連携が取れないとどんなに相手が弱くても足元を掬われてしまいます。それはすなわち危険に対する油断に繋がるということです」
──と、即答できたのも、実はカールさんの受け売りなんだけどね。
ゲーム時代はほとんどソロプレイだったし、実際の冒険者からこういう話が聞けて良かったよ、ほんと。
「おぉ、まさか本当に答えちゃうとは思ってなかったよ。成績に加えなきゃね」
言って、何やらを手に持っているボードに書き込むカナミ先生。
「付け加えていうなら、実は信頼関係の重要性は連携プレイ以外のところの方が大きいってところかな。
背中を任せて戦える相手がいると、長期のクエストの時に精神不良を起こしにくくなる。みんなも経験がないかな? 一人で知らない場所にいると、心細くて不安になる。だけど誰かと一緒にいれば心が落ち着き、冷静な判断ができるようになってくる。
このように、人といるだけで討伐や護衛などのクエストにおける生存率は大きく上がるし、さらに仲間のためと思えば、自分がやられては仲間も道連れにしてしまう緊張感から、実力も普段より強く発揮されるの」
言われて、思い当たる節があった。
この世界に来た当初、俺はとても不安な気持ちでいっぱいだった。
しかしマルコさんたちに出会って優しくされて、俺の心は平穏を取り戻せた。
あのまま一人でいたら、どうなっていたか想像できない。
それに、このテザリアに来た時だってそうだ。
行きこそカールさんたちと一緒だったが、そのあと別れて一人になってしまったし、あれからアリスと出会わなければ、きっと元の世界での様に、またこの学校でもぼっち生活を送っていた自信がある。
仲間との信頼関係には、人を生かす力がある。
それは紛れもない事実だと、俺は感じた。
それから授業の導入を終えた彼女は、さっそく本題へと足を踏み入れ始めた。
「それじゃさっそくだけど、君たちにはパーティプレイを経験してもらおうと思う。せっかくの演習なのに口で話して伝えるのも勿体無いし、それに、まずはやってみた方が早いからね。ちなみに演習の相手はヒュージ・グリーンスライムだよ。
スライムだからって油断してたら、足元すくわれるから注意するように。
はい、じゃあスリーマンセル作って固まってねー」
カナミ先生の言葉に、生徒たちが一気に騒がしくなって、それぞれがすぐにチームを作り出していく。
出た。出たよ悪魔の呪文が。ぼっち殺しの言葉のナイフが!
前の世界にいた頃は、この言葉にどれだけ悩まされたことか……。
しかし! 今の俺はあの時とは一味違う。
なぜなら俺には、今や二人も友人がいるのだから!
手を叩いて、生徒たちを急かすカナミ先生を視界の端に追いやって、当然のようにアリスとロゼッタを捕まえに行く。
あぁ、気分最高。なんだかちょっと勝者の気分だ。
友達と体育の授業でチームになる。前はぼっちだったから、痛いほど学生を満喫していると思える。
素晴らしきかな異世界! ハレルーヤー!
27
それから俺たちは、待望の戦闘演習を行う事になった。
スリーマンセルを組んだ生徒たちは、この長方形の第三アリーナの隅に寄せられて、一組ずつ中央でヒュージ・グリーンスライムとやりあう。
見た感じ、他の生徒たちはなかなか苦戦している様子で、やはり初心者だなと言うことを感じさせてくる。
「あっ、連携が壊れた」
ディフェンダーを担当していたのだろう男子生徒が、スライムの放った《ウィンドバレット》に吹き飛ばされて気絶するのを見て、俺は呟いた。
慌てるパーティメンバー。そこから動揺が伝染していき、連携はさらに瓦解。これ以上は戦闘を続けられないだろうというところでカナミ先生が横入りし、戦闘を終了させた。
「あのディフェンダー、重心が高すぎるのよ。もっと腰を低く落とさないと」
隣で頬杖をつきながらアリスがダメ出しをする。
「せやなぁ。うちは戦いのこととかようわからんけど、アシスタントがヒーリングしかせんのもあんまり良くなかったかもしれんな」
「そうだな。ヒーラーはメンバーをよく見なきゃいけないから、常に管制をとってメンバーに指示を出さなきゃいけないはずなのに、指示は全部、戦闘中は視野が狭くなるはずのアタッカーの男子がしてたし、最初から役割分担がうまくできてなかったんだろう」
ロゼッタの評価に対し、付け加える様に感想を呟く。
パーティプレイで重要なのは、攻撃でも防御でも、ましてや補助でもなく管制だ。
敵の動きを把握し、最適な人員を最適なタイミングで最適な配置に移動し、行動する様指示を出す。
黄金の鍋亭にいた頃、カールさんと冒険者についての勉強していた時によく言われたものだ。
特に俺みたいに魔法スキルをメインで使う役職は、特にこの管制がしっかりできていなければ連携はすぐに瓦解するとも教わった。
(俺も、気をつけないとな……)
そうやって他の生徒たちの動きやスライムの動きなどを観察しているうちに、俺たちの手番が回ってきた。
「フォーメーションを再確認しよう」
言って、三人集まって頭を合わせる。女の子のいい匂いが鼻腔に入ってくる。柔らかい髪の毛が頬に当たって思わず鼻の下が伸びそうになるのを堪えて、俺は口を開いた。
「まず、アリスはアタッカー。グリーンスライムを攻撃するメイン火力。
ロゼッタはディフェンダーとして、外からちまちま遠距離攻撃をしてヘイトを稼ぐ囮役。目をつけられたらしっかり逃げて、その隙にアリスがぶっ叩く。俺はアシスタントとして二人を後方から管制しつつ、魔法系のアーツで援護をする」
このパーティの中で一番火力があるのは間違いなくアリスだろう。だから、ダメージを一番与える役割はアリスが適任だ。
ロゼッタは入学試験の時に見せられたように、魔力に制限なく攻撃魔法が使える魔道具を持っている。
一撃の火力は少ないが、ちまちまとした攻撃で敵のヘイトを稼ぎ、囮になってもらうには最適な装備だ。
回避能力や防御能力は、アリスは入試の時の実力を思い出す限りは問題ないから、実質俺が魔法で援護すればいいのはロゼッタだけで事足りるだろう。
「二人とも、できるよな?」
「もちろんよ!」
「うちあんまし体力とか無いから不安やけど……まぁなんとかなるやろ!」
ロゼッタの言葉に若干の不安を感じるが、しかし相手は普通のスライムより体格の大きいヒュージとはいえ、所詮はスライム。
さっき観察した限りでは動きも遅いし、攻撃の予備動作さえちゃんと意識していれば、回避は難しくない相手だ。問題はないだろう。
「準備できたようだね。それじゃあ、存分に楽しんでくれ給え!」
言って、カナミ先生は他のパーティの時と同様、何かカードの様なアイテムを取り出すと、それに魔力を込め始めた。
すると次の瞬間、目の前にそこそこな大きさの魔法陣が展開して、その中から巨大な緑色の大福のような形のモンスター──ヒュージ・グリーンスライムが召喚された。
「改めて思うけど、なんだかメロンゼリーみたいで美味しそうよね、あれ」
「不思議やなぁ。アリスがそれ言うたらホンマに食材に見えてくるんやけど」
スライムを見て一言、不意にそう呟くアリスのセリフに、間髪いれずにロゼッタがツッコミを入れる。
「たしかに。アリスなら一口でちゅるっと全部食っちゃいそうだよなぁ」
「それな」
「ちょっと、私そこまではしたなくないわよ!?」
戦闘中とは思えない空気感に、三人の間に笑いが起こる。
緊張からわずかにピリついていた空気が緩和して、肩の力が抜けるのがわかる。
(狙ってやったわけじゃないにしろ、グッジョブだな、アリス)
俺は彼女のリーダー的な資質の一片を感じながら、軽く笑みを浮かべた。
「さて、茶番はこれくらいにして──マーリン。管制、頼んだわよ」
「あぁ、わかってる!」
アリスの言葉で、緩んでいた気を引き締め直し、それぞれ持ち場に着く。
敵の数は一体だけ。
まぁ、学生たちの実力を鑑みるに適当だろう。
小さいスライムの取り巻きとかが居ないのは救いだな。
俺はさっきまで観察していたヒュージ・グリーンスライムの行動パターンを思い出しながら、二人に情報を共有すべく声を張り上げた。
「二人とも、奴の目の向きと息を吸い込むような動作に注意してくれ! 風遠距離単発技の《ウィンドバレット》が来る! それから下に沈むような動作をしたときは竜巻攻撃の《ウィンドストーム》が来るから十メートルは後方に退避するようにしてくれ!」
「「了解!」」
その指示が合図になったのだろう。二人は威勢良く返事をすると、回り込むように散開した。
パーティプレイにおける基本は信頼だ。だがそれを分かった上での重要なファクターは何かと聞かれれば、それはヘイト管理だろう。
ヘイトというのは、モンスターに攻撃したり、仲間を回復させたり、攻撃を庇ったりすると増える憎悪値のことだ。
例えばハチを想像してみてほしい。彼らは、何も危害を加えなければ攻撃してこないが、石を投げたりといった攻撃を加えると、こちらに敵意を持つだろう。
ヘイトとはその敵意のようなものだと解釈すればいい。
パーティでの戦闘は、基本的にこのヘイトが向いているキャラを次々変えたり、あるいは防御力が一番高いキャラに固定させたりなどをして、戦闘をしやすくすることが重要になってくるのだ。
基本ソロプレイだったからあんまり上手くできる自信はないが……やれるだけやってやろうじゃないか!
「それじゃ、俺もやりますかね。《ヘイスト》!」
目標に向かって一目散に駆けて行くロゼッタに、俺はバフを掛ける。
付与術スキルレベル一で取得できる支援魔法だ。
このアーツは一定時間、対象のスタミナを底上げし、さらに攻撃速度、移動速度、反応速度を五割増加させる。
「二人とも、《ウィンドバレット》来るぞ!」
回り込もうとする二人に浴びせられる空気砲、もとい《ウィンドバレット》の乱れ打ち。
その一発一発が当たれば青痣を作ること間違い無しの威力を秘めているが、その動きは全て、アリスはもちろんのこと、《ヘイスト》によって加速されたロゼッタにすら容易に回避される。
「なんかうち、ちょっと強くなった気分!」
ロゼッタが《ウィンドバレット》を回避しながら、その近未来的な造形のアサルトライフルを構えて引き金を引く。
──ドドドドドドドドッ!
マズルフラッシュよろしく銃口に魔法陣が展開され、野球ボールほどのサイズの《ファイアボール》がヒュージ・グリーンスライムへと打ち込まれて行く。
「キュウウ!」
そこそこ威力のある魔法攻撃の乱れ打ちに、スライムが顔を顰める。
どうやら作戦通り、ロゼッタにヘイトを集めることには成功したらしい。
ヒュージ・グリーンスライムはロゼッタへと目標を定めると、その饅頭の様な体を仰け反らせ、息を吸い込む様な動作を開始した──が。
「アリス!」
「わかってるわ!」
ロゼッタが遠距離攻撃で意識を逸らしている間に背後へと回っていたアリスが、ロゼッタの呼びかけに応じながら剣で斬りつける──が。
「えっ!?」
ボイン、と跳ね返るのは、アリスの剣だった。
(レベル六十相当のSTRを弾いた!? いや違う、これは耐性属性だ!)
どんなモンスターにも、どの属性の攻撃が効きやすく、どの属性が効きにくいというものが設定されている。耐性属性とはいわゆる『こうかは いまひとつの ようだ』というやつだ。
物理属性には小区分として斬撃、打撃、突撃の三種類の属性があるのだが、今回の場合はこの斬撃属性に対して耐性があったということなのだろう。
「キュゥッ!」
とはいえ、さすがレベル六十相当の攻撃力。それでも少しはロゼッタの魔法攻撃による被ダメージ量を上回ったのらしい。
ヒュージ・グリーンスライムは睨む様にしてくるりとアリスに向き直ると、そのまま準備していた《ウィンドバレット》を放った。
「くっ!」
間一髪で転がる様にして回避するアリス。
しかしこのままでは体当たりの追撃を喰らってしまう。
俺は一瞬でそう判断すると、慣れている水属性の魔力を練り上げて、ヒュージ・グリーンスライムへと撃ち放った。
「《ウォーターアロー》!」
バシュン! と音を立てて飛ぶ水の矢。
これ自体は魔法スキルレベル一で取得できる《水属性魔術の心得》と《アロー》の合わせ技でしかない。
しかしそれだけではアリスからあのスライムを退けさせることは、威力的にも難しい。
なので俺はここに一工夫加えることにした。
魔法で作られた水の矢がスライムに着弾する──と、その直後。
──パァン!
「キュゥッ!?」
不意に、《ウォーターアロー》が爆発し、鋭い衝撃波となってヒュージ・グリーンスライムを吹き飛ばしたのだ。
題して、《弾けるウォーターアロー》。
(入試の時にやった《クアドロプル・ミニエクスプロージョン》の応用……! 発動中の魔法を途中で別の魔法に切り替える……!)
魔法は、発動する前はずっと、自身の魔力操作の手の内にある。だから《ウォーターボール》で水の球を作ってる時に形を変えたり、その内部の水に流れを起こしたりすることができる。
──じゃあ、例えば着弾するまで魔力操作の手を離さなければどうなるのか。
相手に飛来している間の《ウォーターアロー》の魔力は、俺の支配下にあるわけだ。だから途中でその魔力の形を変更することによって、全く別の魔法を発動させることだってできるわけだ。
(ぶっつけ本番で試したけど上手く行ったな……!)
思いついたのはついさっきだった。
やってることは入試の時の《クアドロプル・ミニエクスプロージョン》と同じだけど。
「アリス大丈夫!?」
一応、駆け寄って怪我がないか尋ねる。
「ありがと、マーリン。平気よ」
手を取って立ち上がらせる。
彼女の反応速度ならば、次のヒュージ・グリーンスライムの攻撃も回避できたかもしれなかったかもしれなかったが──戦闘では常に最悪を想定しながら立ち回らなければならない。
黄金の鍋亭にいた時、冒険者のカールさんに教えてもらった事だ。以前はゲームだったから、死んでも街の神殿や教会で復活できたし問題はなかったが、リアルになったこの世界では、そういうわけにもいかないのだ。
「それよりマーリン」
「うん、わかってる」
ドドドドドドドドッ! というロゼッタの魔道具による射撃音で、注意をスライムに戻す。
見れば、彼女が威嚇射撃をしながら、相手の動きを止めている──が。
「キュゥッ!」
スライムが徐々にロゼッタの攻撃に慣れ始めている。彼女の魔道具の攻撃に対するスライムの回避率が上がっていき、魔法が当たらない回数が増えていた。
スライムが息を吸い込む様な動作をする。
ロゼッタの弾は当たらない。
攻撃の直前に当たればクリティカルヒットが発生して相手の攻撃も止まるはずだが、これでは止まるものも止まらない。
俺はスライムの方へと手を向けると、《ウォール》の魔法を使って《ウィンドバレット》を防いだ。
「アリスっ!」
「わかってるわ!」
俺の呼びかけに、アリスは地面が捲れ上がるほどの強い踏み込みで、一瞬にして間合いを詰めながら剣を突き刺しに行く。
その攻撃は単純な突き刺しだったが、しかしその突進の速度も相まって相当な威力になるまで高められていた。
回避を試みて、上にジャンプしようとするヒュージ・グリーンスライム。
しかし、俺が展開しっぱなしにしていた《ウォール》の魔法が、アリスの剣が触れるのとほとんど同じタイミングで別の魔法系アーツ《ヘイスト》へと変化したことにより、寸前で更に加速。
「せやぁっ!」
避けるタイミングを間違えたスライムの饅頭ボディに、彼女の突きが深々と突き刺さった──かの様に見えた次の瞬間。それは、激しい土煙を伴って、アリーナの端の方まで吹き飛んだのであった。