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22〜24


 22


 冒険者学校に入学して二日目になった。


 相変わらず腹の奥底はじわじわ痛むし、頭はぼんやりするしと酷い物だったが、ロゼッタに貰った薬のおかげで、何とか痛みだけは日常生活に支障をきたさないようにはなった。


(二日目の方が量は多いとは噂で聞いてたけど、ほんと嫌になるくらい出てくるな……)


 生臭い赤茶色の布を《ウォーターボール》の中で濯ぎながら、トイレの個室の中で一人ぶつくさとつぶやく。

 生理ともなると、流石にあの紐パンで一日過ごすことは難しい。今は新しく買った『赤いドロワーズ』でなんとか隠せているが……。


(女の体って、思ってたよりだいぶめんどくさいんだなぁ……)


 魔法で乾燥させて折り畳み、再び股下にセットしながら心の中で一人愚痴る。


 一ヶ月前にこんなバカなことを考えた俺を殴ってやりたい気分だ。


「こうなると、やっぱりスカートが短いのも気になるんだよなぁ。せめて袴みたいなデザインだったらいいのに」


 そんなことを呟きながら学校のトイレを出ると、女子生徒が何やら蛇口の前で井戸端会議をしているのが映った。

 自分のことを言われているわけではないことは分かっているが、なんだか嫌なことを言われているような錯覚に陥って鬱っぽくなる。


「そこを通していただけますか?」

「あ、ご、ごめんなさいっ!」

「今退きます!」


 女子生徒で出口が塞がれているのを、声をかけて外に出る。

 何やら少し驚いたような顔をしていた気がするが……もしかして、どこか変なところでもあったのだろうか? 自分が気づいていないだけで──となると不安だ。


 一応確認のために聞いておこう。


「……何か、私変なところあります?」

「いっ、いえ! 別にどこも!」


 騎士の出なのだろうか? 今にも敬礼しだしそうなくらいガチガチに畏まったような、そんな態度で応えてくる。


「そう、ならいいです」


 ……いいです? 何が? 

 自分の返答がなんだかおかしな形だったような気がして、頭の中をぐるぐる回り出す。だめだ、不調すぎて頭が回らない。


 俺は教室に戻ると、そうそうに机に突っ伏した。


「お疲れやなぁ、マーリン」


 トイレから戻ってすぐに声をかけてきたのはロゼッタだった。


「うぅ……。女の子は大変だって、初めて気づいたよ……」


 今まではあの娘かわいいとか、あの娘えっちだなとか、そういう風にしか見てこなかった。しかし今は違う。彼女らはあの笑顔の下に、とんでもない苦しみを毎月何日にもわたって抱えて生きているのだ。


 歴戦の戦士にもこんなこと耐えられそうには思えないよ、俺。


「まぁ、初めてなんだから仕方ないわよ。徐々に慣れるわ。とりあえずお腹はあったかくしておくことね」


 今は九月。そろそろ涼しくなってきて、お腹も冷え易い時分だ。

 制服として支給されてるコルセットベルトくらいじゃあ効果が知れている。


「くそう、それが先駆者の余裕か……」


 ため息を吐き、魔法でお腹を温めながら黒板に視線を送った。


 冒険者学校の教室は、基本的に高校のそれとほとんど変わらない。違いがあるとすれば、床が木製ではなく石造だというくらいで、黒板の隣に貼られた掲示板には、クラスごとの時間割表が貼られている。


 一日六限、それが週五日。高校の頃と同じような具合で授業がセッティングされている。さらに今日は前世でいうところの水曜日に相当する日で、今はまだ一限目すら始まっていない。


 地獄。まさに地獄だ。

 この世の地獄とはまさにここのことだったのだ……。


 ──それから一週間。

 俺は、すべての授業を寝て過ごした。

 だってそれどころじゃないんだもの。


 23


「……いん、……ーりん、……マーリン!」


 遠くから、誰かの名前を呼ぶ声が聞こえてうっすらと目を開く。


 窓から差し込むオレンジ色の斜光。それを遮って、二人の人影がこちらの顔を覗き込んでいる。


 一人はふわふわの金髪を靡かせた蒼い瞳の美少女。もう一人は、やや日焼けの痕が残る赤い髪の三つ編みの少女──アリスとロゼッタだ。


(そうだ、俺、異世界に──)


 ぼやける視界が徐々にクリアになっていくにつれて、股下に感じる不快な感触に顔を顰めた。


 そういえば、まだ初潮はおさまってないんだった。


「あー、おはよう、二人とも」


 ぬるくなった机の天板から頭を引き剥がして、二人に挨拶する。教室には帰り支度を進める生徒がちらほら見えて、どうやら終業のホームルームはすでに終わった後の様だった。


「おはようってあんた……もう六限目終わってもうとるやないか……。今日は移動やなかったからよかったけど、フォルルテ先生めっちゃ睨んどったで」


 呆れた様に腰に手を当ててそう告げる彼女に、俺は寝ぼけ眼で乾いた笑いを返した。


 フォルルテ先生。聞いたことない名前だけど──そう思って黒板横の時間割表を確認する。どうやら魔法実技の担当教員らしい。


 悪いことをしたとは思うが、この絶不調。どうすることもできないので勘弁してほしい。


「あはは……。来週はなんとかするよ……。ちょっとトイレ行ってくる」


 今はもう出血量も控えめになってきたしそろそろ終わるだろうけど、やはりこの不快感はいつになっても耐え難いものだ。


 俺は二人に見送られるがまま、トイレへと足を早めるのだった。


 24


 その日の帰り道。


 生理による症状も緩和してきた俺は、改めて学校の中を見回る余裕ができたので、二人に帰りがてらに学校案内を頼んでいた。


「それにしても、こうやって見渡してみると本当にお城みたいだよなぁ」


 教室から玄関まで向かう道すがら。

 廊下の所々に配置されている石像や鎧を見ながら口を開く。


 冒険者学校の外観は、まさに西洋のお城といった風貌だった。内装もそれに見合うほどそこそこゴージャスで、天井を飾るアーチの梁みたいなやつが集まって星のような模様を描いていたり、外向きの窓には大きなステンドグラスが嵌められていたりしている。


 お城……というよりはゴシックな教会建築に似ている様な気がする。


「夜中とかそこの鎧とか動きそうな雰囲気やもんなぁ」

「ロゼッタ、それお城じゃなくてお化け屋敷だから」


 ちらりと近くの鎧の一つを一瞥する彼女に、俺は軽くツッコミを入れる。

 一体、彼女の中でお城はどんなものだと思われているのだろうか?


「お化け屋敷もお城も、夜なったら変わらんやろ。知ってるか? 教会前の噴水広場。あそこって元々墓地なんやで。景観がどうとかで別に移されたとこが大半らしいんやけどな。この学校の手前にも噴水広場あったやろ? 建物の建築様式から逆算するに、多分ここは元々教会かなんかやったんやろ。ということはあそこも実は元々──」

「──やめて」


 不意に、得意げに語るロゼッタの推理を、アリスが手を出しながら制止する。


「アリス?」


 怪訝に思って、そっぽを向きながら掌を突き出す彼女の顔を覗き見る。


「……」


 しかし顔を見られまいとふいふいと首を振って、彼女は顔を隠そうとし続けた。

 それに不思議に思ったのかなんなのか。

 ついにまどろっこしくなったらしいロゼッタは、勢いよく彼女の顔を両手で掴んで無理やり正面を向かせた。

 すると──。


「ふぎゃっ!?」


 短い悲鳴。それと同時に、ロゼッタの体がハンマーなげの如く振り回され、廊下の壁まで投げ飛ばされた。


 腕を掴んだわけではない。

 アリスはただ、思いっきり首を回しただけである。


「な、なんて膂力りょりょく……」


 およそ人間技とは思えない現象に軽く身を引く。

 しかし、その一瞬の隙に見えた彼女の顔色があまり良くないことに、俺は気がついた。


「私、無理なのよ……」

「え?」


 無理? 一体何が無理なんだ?

 ロゼッタを助け起こしながら、俺は彼女の呟きに首を傾げた。


「お化けとか、幽霊とか、そういうの……私、無理なのよ……っ!」


 ピシャーッ!

 漫画ならきっと、ここで雷が鳴っていたに違いない雰囲気で、彼女の独白が行われた。


 ──と、次の瞬間だった。


「あっ! 今後ろの鎧動いたで!」

「ヒッ!?」


 ロゼッタの思いつきの冗談に驚いたアリスが、腰の剣を背後に向かって抜き放ち、そこに立てかけられていた鎧の置物を、まるで熱したナイフでバターを切るように、いとも容易く真っ二つにしてしまった。


「「あっ……」」


 倒れる鎧。広い廊下に鳴り響く、鎧の残骸の転がる派手な音。残響は思ったよりも大きく響き、三人の背中に冷たい汗が滝のように流れた。


 その後、鎧はとりあえず俺の水属性と土属性の魔力で作った接着剤でなんとか強引にくっつけることに成功したのだが……正直思い出したくないので、これ以上は語らない事に決めた。


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